十二歳、夏至祭と波乱の夏 13
バリバリ、メキメキ音を立てて割れた大地は波紋のように広がり、足場を無くした渡り廊下の天井がガラガラと半壊する。
グレースもその衝撃に足を捕られ、転倒した。
悲鳴は一入に上がったが、魔導士の張った結界により瓦礫は跳ね除けられ、下敷きになった人はいない。
しかし、地面の崩壊は止めることが出来ず、何人かが巻き込まれ民衆の群れはさらに追い込まれた。
蜘蛛は逃げ遅れ、怪我を負った獲物の群れを見逃さない。
口から黒い体液を吐き出し、民衆を捕えようとする。
降り注いだ体液は結界に阻まれたものの、傷をつけるには十分だった。
黒い体液をもろに受けた半透明の結界の一部が徐々に薄く消えていく。
蜘蛛の体液には魔力を溶解する力まであるらしい、焦った魔導士たちが詠唱を始め、結界を張り直す。
しかし、すかさず脆くなった部分に足を振り上げ叩きこんだ蜘蛛の猛攻は結界の修復を許さなかった。
魔導士たちの健闘も虚しく、徐々に力の弱まる結界。
地面を叩いて起き上がったグレースは蜘蛛の注意を自分に引きつけるべく、魔力をわざと大量に放出させ詠唱を始める。
「聖なる光の槍よ、かの者を貫き滅ぼせ!」
現状で余っている最大限の魔力で神々しく輝く光の槍を十本出現させ蜘蛛に向かって飛ばした。
無数の槍は一斉に飛散し、あらゆる角度から巨体に突き刺さる。
しかし、蜘蛛も負けじと足を振り回し、五本の槍を体に受けつつ、残りの五本の足で防いだ。
思惑通りに蜘蛛の注意はグレースに向いた。
攻撃の手ごたえは今一つで、足を削ぐことも出来なければ動きを鈍らせることも出来ていない。
戦力差は歴然だが、グレースには自分を囮にすること以外に考えが思いつかず、このまま魔力が尽きるまで詠唱を続けるつもりだった。
足を振り上げ、しならせる蜘蛛。
更なる詠唱を始めようとしたグレースの身を一迅の突風がすり抜ける。
通り過ぎる風にほんの瞬きをする間だったけれど、よく見知った白い輪郭が窺えた。
そして、次にグレースが息を吐き出した時には蜘蛛の頭まで到達し、真紅の瞳に剣を突き刺した風の正体が明らかとなる。
グレースは分かっていた。
スノウが自分を置いて逃げるわけがないと―――
先刻に庇われた時のことを思い出す。
視界の何処にも存在しなかったのに、唐突に姿を現してグレースを救った。
その理由がただの偶然ではないのだと、その動きをみれば一目瞭然だ。
初めて垣間見るスノウの能力に目を見張る。
と、言っても彼の速さは簡単に目視で追えるものではない。
蜘蛛の赤い目から剣を引き抜いたスノウは頭を軽やかに踏み台にしてグレースの視界から消えた。
スノウの姿が次に現れたのは蜘蛛の横腹の側、深々と黒い側面を切り裂き、そのまま地面に着地する。
そうして、再び地面を蹴って疾走した。
電光石火。
スノウは見習いとは思えない動きで蜘蛛を翻弄する。
時に蜘蛛の足を背中を頭を縦横無尽に駆け回り、切り付けていく。
攻撃を仕掛けてきている対象が何処から現れるのか蜘蛛には予想できないらしく、現れては消えるスノウの残像を追いかけ、足をブンブン振るい、黒い液体を無作為にまき散らす。
それらを軽々と避け、身を翻しながらスノウは確実に相手にダメージを与え続ける。
風が吹き抜ける度に傷が増え、蜘蛛は初めて低い唸り声を上げた。
「ヴアアァァァァァ!!」
片目になった不気味な赤がさらに、身の毛もよだつような深紅の光を帯びて殺気を放つ。
ゾッとするような禍々しい空気が純度を増し、グレースは身構える。
どうも様子がおかしい……
それはスノウ優勢と思われた戦闘に変化が訪れる兆しだった。
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