十二歳、夏至祭と波乱の夏 12
さっきまで居た場所に巨大蜘蛛の足が突き刺さる。
それを遠巻きから見る自分と意図しない浮遊感から、スノウに抱えられていることに気が付いた。
危険をいち早く察知したのだろう、グレースを抱えて地面を蹴って飛んだスノウの俊敏な動きはまさに早業と呼べるものだ。
煙る砂埃の中を跳躍し、蜘蛛と少しだけ距離を取った所に着地する。
一方、獲物を串刺しに出来た感覚を得られなかったのであろう蜘蛛は地面から足を引き抜き、赤い目をぎょろつかせて二人を探している様子。
どうやら、砂埃が立ち昇っているせいで居場所が分かっていないみたいだ。
スノウはグレースを抱えたまま囁く。
「あいつの注意は俺が引く、その間にお前は逃げろ」
それは無謀とも思える提案だった。
グレースは必死に首を横にふる。
「いや……私は逃げない。あれを何とかするためにここへ来たの、もう二度と大事な人たちを失いたくない…」
「……グレース」
分かって貰いたかった。
誰にも死んでほしくない、なるべく多くの命を守りたいという気持ちを……
自分の大事な人の中にスノウが入っていることを……
けれど、グレースを抱える腕にグッと力を入れたスノウはその思いを強く否定した。
「駄目だ……お前が逃げないなら、このまま…俺がお前を抱えて逃げる」
「スノウ……!? いやよ、やめてっ」
「いいや、やめない。俺はお前を……失いたくない。例え他の誰を失っても、お前だけは絶対に死なせない!」
怒声とも思えるスノウの声が思いが、耳に響く。
グレースの呼吸が止まる。
痛いほどに伝わってきたスノウの気持ち。
それを実際に言葉で聞いた瞬間、涙が出そうになる。
心の水底から湧き上がる、今にも溢れ出しそうになるスノウへの特別な感情。
友達にも家族にも抱かない、胸が苦しくて愛おしい……そんな思い。
この感情の名前をグレースは知っている。
もっと早くに気が付ていていたのだけど、見て見ぬふりをしてきた。
初めて会った時から芽生えていた小さな思いは手紙を交わす度に、お互いを知っていく程に大きく育っていった。
それは自分の一方的な思いかもしれない。
けれど、もしも願いが叶うなら、私だって、
「本当は……あなたと…」
口から自然と溢れ出そうになる言葉をグレースは紡ごうとする。
しかし、その思いをかき消すように背後で悲鳴が湧き上がった。
逃げ遅れた人々が破壊された舞台に恐怖して上げたのか、その数から、まだ多くの非戦闘員がこの中庭に取り残されてる事実を伺い知った。
グレースの頭の中にあの日、失った大切な日々が浮かぶ。
二度と起きてはいけない参事。
途方もない悲しみと苦しみの衝動がグレースを強く突き動かした。
「……ごめんなさい」
震えた声に刹那にスノウの腕が緩む。
グレースはその瞬間を見逃さない。
渾身の力を振り絞ってスノウの腕を振り払い、飛び出す。
「グレース!!」
背中に悲痛とも取れるスノウの声が聞こえる。
それでもグレースは構わず駆け出し、砂埃を抜けた。
右も左も区別が付かなかったため、どこに出たか分からなかったが、少し離れた先に現れた建物からすぐに理解する。
渡り廊下だ。
今だに人の波が狭い出口に押し寄せ、ごった返している。
グレースはすぐさま蜘蛛の動きを確認した。
渡り廊下の向かいに設営された舞台は見るも無残に破壊され、その上にはまだ巨大蜘蛛が鎮座している。
先ほどの悲鳴に気が付いたのか、蜘蛛に視線は明らかに渡り廊下に向いていた。
蜘蛛は残った足四本に全体重をかけ地面に押し込み、勢いよくバネの要領で飛び上がる。
重力を無視して空中に放たれた巨体は、やがて急速に下へ下へと重力の力を得て渡り廊下の方へ落下。
巨体は地面を直撃した。
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