十二歳、夏至祭と波乱の夏 11
黒い液体に呑まれた騎士たちは最初こそ抵抗していたが、顔まで覆われる頃にはその動きを止めてしまった。
顔を必死に守る者、体から異物えお引き剥がそうとする者、剣を振り上げたままの者。
黒い液体を地面に滴らせ、十人の騎士たちは泥人形のように微動だにしない。
歴戦の勇士を思わせる剣の腕前。
一糸乱れぬ連携した陣形。
どんな攻撃も受け持ち通さない強固な守り。
希少な魔石で錬成した装備は彼らの戦力を底上げした。
精鋭揃いの騎士たちの実力が決して劣っていたわけではない。
ただ、相手の能力の方が上だった。
それだけだ……勝者には敗者を狩る権利がある。
グレースの体からスッと血の気が引く。
いや……
やめて……
巨大蜘蛛は動かなくなった獲物の一人に少なくなった足の一本を伸ばし、突き刺した。
「ひっ……!?」
思わず悲鳴を上げたグレースは結界を張るのも忘れ、その光景を目に焼き付ける。
鋭い足に刺さった獲物を口に運び、蜘蛛は勢いよくバリバリと音を立てて食べてしまった。
ショックのあまり呆然と立ち尽くすグレース。
食事を終えた蜘蛛の体に変化が起きる。
騎士たちが切り払った足の断面がボコボコと盛り上がり鋭い足が再生した。
事態は一気に劣勢へと突き進み、残酷な現実はまさに暴力の如くグレースを襲う。
絶望、恐怖、悲観、喪失……様々な負の感情が精神を支配した瞬間、パラパラと空から降り注ぐ光の結晶が足元に落ちた。
それが何なのグレースは瞬時に理解し、空を仰ぎ見た時にはすでに遅く、
そんな……結界が…
今まで精神を集中させることで保っていた魔力がコントロールを失い、結界が脆く崩れ去る。
グレースは唇を噛み締め、言葉を閉ざさんとする口から無理やり声を出し、思考をやめようとする脳をフル回転させ詠唱を始める。
「光の壁よ……」
グレースの詠唱は止まった。
瞳に映った最悪を見てしまったからだ。
上空の蜘蛛が口から黒い液体を吐く、狙いは他でもないグレース。
近くで動く獲物に気がつたいたのか、詠唱で溢れだした魔力に狙いを定めたのかは定かではない。
けれど、これだけは分かる。
―――間に合わないっ!
自分へ向けて降り注ぐ黒くて邪悪な液体を瞳に捉えたまま、グレースは自分の最後の時間を知った。
「っっ―――!?」
何かに突き飛ばされたような衝撃と急激に回転した視界。
降り注いだ黒い液体がバシャバシャという水音を発て、地面に落ちる。
自分が何かに庇われ、地面を転がったのだと判断したのは体に伝わる誰かの温もりからだった。
「大丈夫か。グレース」
聞いたことのある声色、抱き締めるように庇われたグレースは少しだけ上を向く。
「……スノウ…どうして…?」
小さく呟いたグレースに安心したように息を吐くスノウ。
「中庭で大騒ぎが起きてるって聞いて、胸騒ぎがして来たんだ。そうしたら、グレースが危険な目にあってたから…来て良かったと思ってる」
舞台の上にいるはずのない存在に助けられたグレースは混乱気味に腕を抜け出し、彼の顔をまじまじと見た。
白い髪は床を転がったせいで土で汚れ、グレースを庇った衝撃で所々に擦り傷も負っている。
よほど急いで駆け付けてくれたのだろう。
命を助けられたのだ。
お礼を言いたい所だが、二人にはそんな余裕はない。
床に広がる己の体液で獲物を仕留めそこねたことに気が付いた蜘蛛が生やしたばかりの足を二人目掛けて、振り上げる。
グレースは自分の体がふわりと浮き上がる感覚に冷やりとした。
瞬間―――
地面が貫かれ、舞台の床を割り砂埃を巻き上げた。
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