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十二歳、夏至祭と波乱の夏 10

 ずずずっと、警戒したかのように蜘蛛がその巨躯を揺らし、光の壁にめり込ませた足を後退させる。

 

 グレースは舞台の上に降り立ち、うろたえた表情のミルフィーユに声をかけた。

 

 「間に合ってよかった…どこか怪我はない?」

 

 しかし、ミルフィーユは急に変わった天気のように表情を曇らせ、いかにも不服だと言わんばかりにぷいっとそっぽを向いてしまった。

 助けられたのが気に食わなかったらしい。


 一見したところ、彼女に目立った外傷は伺えない。

 よかった、いつものミルフィーユみたいで。 

 

 いかに苦手な相手といえど、目の前で傷つくのは見ていられないのだ。

 心の中で安堵するのも束の間、地鳴りのように大地が揺れる。

 

 「きゃああぁぁぁぁっ!」

 

 耳をつんざかんばかりに響く悲鳴をあげながら、上空を仰ぎ見るミルフィーユ。

 その視線の先には、巨大蜘蛛が複数の足を同時に結界にぶつけ、今にも打ち破らんとしていた。

 グレースはすかさず結界を張り直し、体制を整える。

 

 「ミルフィーユ! 行って!」

 

 怒鳴るように叫ぶ。

 ミルフィーユは弾かれたみたいに後ろに走り出し、後ろに控えていたエイデンと騎士たちに保護された。

 

 半透明の光の壁の厚みが増し、足から繰り出される強力な猛攻撃を受け止めた。

 

 「くっ……!」


 重い一撃に大気が揺れ、結界にバリバリとひびが入る。

 グレースは地面に足を踏ん張り、詠唱を続けた。

 

 「光の壁よ……我らを守り給え!」

 

 巨大蜘蛛は尚も疲れなど知らないかのように攻撃を激化させる。

 何度か結界は破られかけたが、その度にグレースは結界を張り直して応戦した。

 

 幾度目かの攻防の末、段々と暗い不安と焦りが脳裏を過る。

 そろそろ魔力の限界が近いみたい……

 このまま消耗戦に持ち込まれるのは非常に不味いわ。


 額から浮かぶ汗に体力の限界を感じつつ踏ん張っていたら、二人を逃がした騎士たちが応援に駆け付けた。

 

 「聖女候補様、お待たせ致しました。後は我らにお任せあれっ!!」

 

 エイデンが引き連れていた騎士は全部で十人。

 舞台の上から非戦闘員を避難させたみたいで、結界を抜け陣形を組みつつ蜘蛛に向かっていく。

 

 グレースは一瞬だけ安堵したが、まだ気は抜けない。

 避難する人の群れが後ろに控えているため結界を張り続けることにした。

 

 騎士団の戦いぶりを見たことはない。

 しかし、彼らが場数を踏んだ手練れなのだと、その見事な剣裁きと連携の取れた動きを見れば容易に理解できた。

 

 二人が囮として迫りくる足を引きつけ、陣形に逃げ込む。

 囮と入れ替わりに陣形を組んだままの三人が前にでて、次々に大盾で攻撃を防ぎ、受け持つ。

 

 大盾には特殊な結界魔法がかけれているのか、地鳴りのするような強力な一撃にびくともしない。

 騎士団の装備品は魔石を混ぜながら錬成される。

 

 魔石は身に着けているだけで戦闘では絶大な効果を発揮する、とても優秀な素材だ。

 その実力がどのくらいかと言うと、一人の魔導士が戦力に加わるのと同等の効果があるらしい。

 しかし、魔石は簡単には手に入らない希少な素材なので量産は出来ないのが難点だ。

 

 蜘蛛が守りの騎士三人に攻撃を集中させている間に、隙をついた残りの者が蜘蛛の足に斬りかかり、一本、また一本と足を斬り捨てる。

 

 腕前もさることながら、大盾と同じく魔石で錬成された剣も恐ろしく優秀だ。

 一太刀浴びせるだけで、スパァっと鮮やかに肉を切り骨を断つ。


 足五本を破竹の勢いで失いその巨躯を支えるのが困難になったのか、蜘蛛はよろよろと全身を揺らす。

 

 騎士たちの勝利は確実かと思われた。

  

 しかし―――

 

 蜘蛛の深紅の双眸がカッと見開かれ、ドッと口から大量の黒い粘り気のある糸状の体液が放出される。

 

 「な、なんだこれはっ!」

 「身動きがぁっ……」

 

 黒い体液は一つの生き物の如くうねうね動いて、下にいた騎士たちを逃すことなく飲み込んだ。


ご覧いただきありがとうございます。

少しでも楽しんで頂けたのならば幸いです。


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何卒、よろしくお願い申し上げます。

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