十二歳、夏至祭と波乱の夏 7
魔石殿の中庭、中央の特別席にてミルフィーユは得意げになっていた。
「あんな汚い男が出した宝石よりも、エイデン様が出した宝石の方が何倍も綺麗だと思いますのよ」
そっと囁いた言葉にエイデンは、
「なるほど、それもそうだ。可愛いお前に宝石をプレゼントしてやろう」
と、機嫌よく頷いた。
その後は、男から箱を取り上げるまではよかったものの、宝石が出なかった時にはさすがに焦った。
このまま彼の機嫌を損ねることになれば、王妃への道が断たれてしまう。
瞳を巡らせるミルフィーユの目に留まったのは、箱に貼られた札に目をつけた。
札の文字は古い古代文字で書かれていた。
『この封印を解くことを禁ず』
あの男、煩わしい真似を……
心の中で毒づきながら、この札が結界を張っているのだと気が付く。
他者の手に渡った際に不正に利用されないように、そこらへんの野良魔導士にでも張らせたのだろう。
ミルフィーユは悠然として、苛立つエイデンに声をかけた。
「エイデン様、その箱には結界が張られています。先の男以外の者が箱を利用するのを避けるためでしょう。今すぐにわたくしが解きますので、お待ちになって」
結界のせいで宝石が出ないと分かり、エイデンの機嫌は直ぐによくなる。
早速、箱に対して攻撃魔法を仕掛ける。
本当はここまでしなくても結界は解けるが、せっかくなら派手な方が目立ってよい。
「光の剣よ! わが呼びかけに呼応し、かの者を滅せよっ!」
複数の光の剣を出現させ、は箱に向かって手を振り下ろす。
剣が飛んでいき、予定通りに派手な音をたてて結界を打ち破る。
箱の札は消滅し、ミルフィーユは満足げに微笑んだ。
しかし、結界を破ったといのに様子がおかしい。
体の芯を蝕むような淀んだ空気が漂ってきて、身震いしそうだ。
箱を凝視していたら、ギィっと音をたて箱の蓋が小さく開く。
ミルフィーユは己の目を疑った。
なんですのっ! これはっ!?
箱と蓋の隙間から赤い双眼が、ギョロリとミルフィーユを睨む。
箱の中にいる邪悪な何か。
徐々に強まる異様な雰囲気と箱に訪れた変化に控えの騎士が声を上げた。
「魔物だ。魔物が出現したぞ! エイデン様を早くお守りしろっ!!」
ドタバタと騒がしい騎士たちの足音。
情けなく悲鳴を上げるエイデンの声が耳に木霊す。
「ひ、ひいぃぃぃぃぃっっ!? な、な、な」
ドタァっと床に尻もちをついたような鈍い音。
隣にいたエイデンが腰を抜かして床に倒れこんだみたいだ。
しかし今のミルフィーユにはそんな些細なことはどうでもよかった。
聞こえる音は早いのに、すべてがスローモーションに見える。
ま、も、の……
ミルフィーユの思考は完全に停止した。
眼中に捉えた箱がメキメキ壊れる。
どうやって入っていたのか、十メートルはある真っ黒な巨大蜘蛛が姿を現し血で染めたかのように赤い目をギラつかせた。
相手の狙いは定まっている。
座学で学んだ限りでは魔物というのは、魔力を喰うらしい。
だから、なるべく多くの魔力を所有する者を狙う傾向にある。
魔物と遭遇したら、物影に逃げ込み、まずは結界を張って気配を消すこと。
やり過ごして、気を見計らい急所を叩く。
すでに姿を捉えられてしまったので逃げ場などない。
よって、正攻法は通用しない。
ならば力でねじ伏せるか。
並みの魔物ならば、自力でどうにかなったかもしれない。
けれど―――
勝てない。
どう頑張っても、この魔物には力が及ばない。
赤い目玉に睨まれた瞬間からミルフィーユの本能が訴えかけてきた。
本当は結界を展開して、己の身を守るべきだ。
だけど……戦意を喪失した体は金縛りにあったかのように動かない。
その間も蜘蛛はミルフィーユを睨んだままで、長くて気持ちの悪い八本の足の一つをゆっくりと差し向けてくる。
それはもう、ゆっくりと、頭を狙う足は近づいて―――
ミルフィーユの目にはそんな風に映っていた。
「こんなことに、なるなんて……」
無意識のうちに口から言葉がこぼれ出る。
この時、ミルフィーユの頭の中では走馬灯のように幼少期頃の記憶が駆け巡っていた。
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