十二歳、夏至祭と波乱の夏 6
ミルフィーユが飛ばしたのは光属性の攻撃魔法だ。
普通ならば箱が消し飛んでもなんらおかしくない、かなり強力な威力だった。
それが箱は無傷で札だけが消滅したとなれば、 あの札は同じく強力な結界だったと推測する。
結界は身を守るために利用されることが主な目的であるが、何かを封印する時にも用いられることがある。
例えば、強すぎて手の付けられない魔物だとか。
魔物自体に結界を張り閉じ込め、長い年月をかけて徐々にその力を奪うのだ。
古代から魔導士たちはそうやって魔物と戦ってきた。
もっとも、魔法障壁が発展して以降はその知識は失われつつあり、座学でもほぼ取り扱わない分野である。
グレースは書庫で本を読み漁ったおかげで、この知識を手に入れた。
もしもこの推測が正しければ、あれは封印された魔物の可能性が高い。
そうなれば確実に禁忌を犯すことになるだろう。
座学で教えられた魔石殿での禁忌。
それは、七色の魔石に魔物を近づけては絶対にいけないとうこと―――
魔石の張る魔法障壁は普通の結界とは違う性質を持つ。
外にいる魔物は寄せ付けず、内にいる魔物に力を与え、その魔物が七色の魔石に近いほど、力は増強されると聞く。
魔物もそれをよく理解しているため強い力を得ようと、常に七色の魔石を狙っている。
例外的に魔物使いが使役する魔物は王城の限定的な場所までならば入場を許されているが、魔石殿にはいかに無害な魔物であろうと入ることは許されない。
ゆえに、魔石殿に魔物が入ることはないと皆、疑わない。
封印されて気配を消した魔物のなら尚更だ。
現にグレースも、あの箱が魔物である確信が持てていない。
取り越し苦労で終わってくれればそれでいいのだが、どうにも不安が消えないのだ。
それに最初から感じていたこの嫌な感じは、前にも経験したことがある気がする。
グレースは頭の中の記憶の海を探った。
魔物……
そういえば、私は前に魔物に遭遇したことがある―――
大きな黒い影、沢山の悲鳴が聞こえて……怯えた私は……クローゼットに飛び込んだ。
痛烈な記憶がグレースの脳裏に蘇る。
黒々とした、気持ちをざわつかせる嫌な感じ。
淀んでいて息をするのも苦しかった。
同じだ。
あの時と同じ黒くて淀んだ空気。
どうして気が付かなかったのだろうか。
もしかしたら、思い出したくなかったのかもしれない……
幼い頃、魔物と遭遇した記憶。
それは、グレースにとって大事な人たちを失った辛くて悲しい出来事でもあった。
日常生活でふとあの時のことを思い出してしまうと、今でも泣きそうになる。
だから、毎日を明るく過ごすために無意識に記憶を封印していたのかもしれない。
今だって、辛くて悲しい。
だけど、おかげで推測が確信へと変わった。
この纏わりつくような、ざわざわした嫌な感じに恐ろしいくらいに濃度の増した淀んだ空気は間違いない。
あの箱は……魔物だ。
「……アイラ」
グレースがアイラの方を向くと、やはり彼女もこの嫌な感じを察知していたようで、眉を下げて不安げにしていた。
グレースが不安を緩和しようとアイラの手を握る。
「グレース……きっと良くないことが起こるわ。あたし、恐いの…なんだかわからないけど…恐い……」
アイラは手をぎゅっと握り返して、今にも泣きそうな顔をした。
「大丈夫、私がなんとかする。だけど、それにはアイラの力が必要なの……お願い、力を貸して」
グレースの力強い眼差しにアイラも涙を懸命に我慢して頷いてみせる。
あの日、クローゼットに縮こまっていた小さな少女はもういない。
グレースは記憶を受け入れ、果敢に立ち向かおうとする意志の強い瞳を魔物に向けた。
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