十二歳、夏至祭と波乱の夏 3
昼になり、魔石殿の中庭は夏至祭の準備に勤しむ人々の活気で溢れていた。
「準備を急げ~!」
「あっちじゃない! そっちだ!!」
予定よりも会場設営が遅れているらしく、あっちでもこっちでも怒声が聞こえる。
客席の設営は整ったが、肝心のステージがまだ出来上がっていない。
王子が魔石殿に向かったとういう知らせを受け、焦った使用人頭は魔石殿にいる使用人たちも総動員して作業を急いだ。
その結果、今度はキッチンや給仕に人手が足りなくなった。
エイデン王子主催の夏至祭の出し物が魔石殿で開催される。
誰が触れ込んだのか、王城の方からも貴族や要人が続々と押し寄せ、出来たばかりの客席に陣取った。
「お茶はまだかしら?」
「腹が減った。軽食を用意しろ」
客席から聞こえる注文に人手不足のキッチンや給仕が答えらるはずもなく、会場もキッチンも鬼のような忙しさだ。
そんな光景を見るに見かねて、キッチンに出向いたグレースは手伝いを申し出た。
聖女候補に雑務を任せるなんて恐れ多いとコックも使用人も慄いていたが、客席から休みなく響いてくる注文に追われ、結局は手伝いを承諾する。
表に出て給仕をすることはなど以ての外、火を扱う作業、刃物の扱いも禁止。
ということで、グレースは出来上がったサンドイッチや切り分けられたフルーツを皿に盛り付ける役割を担うことになった。
給仕係から借りた白いエプロンに身を通し、髪が邪魔にならないように三角巾を被る。
いよいよ作業台に着くと、次々に作成されたサンドイッチが現れ、グレースはそれらを手早く更に盛り付けた。
サンドイッチの次はフルーツ、またその次はサンドイッチっと作業が進むにつれてグレースの集中力は増していく。
「こちらの二皿の盛り付け完了しました」
「ありがとうございます。グレース様」
普段なら会話を交わさない使用人たちとのやり取りは新鮮で、だんだんとこの作業が楽しいと思い始めた。
右から左、左から右へと運ばれるお茶や軽食たちの勢いは止まらず、忙しさはピークへと達する。
グレースも額に汗を浮べながら、その手をさらに早め対応した。
そうして、気が付いた頃には注文もひと段落、舞台の設営も完了し、駆り出された使用人たちが戻って来る。
もう大丈夫そうね。
きりの良い所で作業を切り上げ、エプロンと三角形を使用人に返却しキッチンを後にする。
出ていく時にコックや使用人から大袈裟なほど感謝された。
「これ、余りものですけど……グレース様は甘い物がお好きだと思いまして」
コックがこっそりと差し出したのは、紙袋に入ったジャム入りクッキーだ。
驚いて、思わず聞いてしまった。
「……どうして。どうして、私が甘い物が好きだとわかったの?」
「そりゃ、わかりますって。俺たちコックは下げられた皿まで確認し、食べていただく方の好みを把握する。当然のことです!」
誇らしげに言ったコックは自分の仕事を全うしただけだろう。
しかし、グレースは嬉しかった。
悪魔の色だと囁かれ、皆は後ろ指ばかり指しているのだと思っていた。
よもや、自分のことを考えてくれている人が、スノウやアイラ以外にいるなんて思いもしなかった。
「……ありがとう。受け取らせていただくわ」
コックから紙袋を受け取る。
袋の中からふんわりとバターのいい匂いがして、グレースはなおさら温かい気持ちになった。
◆◆◆
キッチンを出て、寝所に戻ることにした。
やはり、騒がしいのは苦手だ。
このんな日には寝所に籠っているのが一番。
貰ったクッキーもあるし、戻ったらお茶をしてもいい。
そんなことを考えながら中庭を通る吹き抜の廊下に差し掛かる。
「グレース~!」
人混みの中で自分を呼ぶ、可愛らしい声が聞こえた。
中庭の方から行きかう人を懸命に避け、鮮やかなオレンジ色の髪の持ち主がこちらに向かってくる。
アイラだ。
アイラは何度も自分よりも大きな体にぶつかりそうになり、グレースはその度にヒヤヒヤして悲鳴を上げそうになった。
渡り廊下に辿り着いたアイラがにかっと笑う。
グレースはホッと息を吐いた後に窘めた。
「アイラ、他の方にぶつかりそうだったわ。見ていて、とてもヒヤヒヤしていたのよ。今度からは気を付けて……ね?」
諭すように言うとアイラは、小さく「はぁい」と返事をする。
グレースはいつもの癖でアイラの頭を撫でた。
「もぅ、グレースってば…すぐ子供扱いするんだからっ」
風船みたいに膨れて怒るアイラが可愛くて、ついグレースが笑みをこぼす。
「あ、笑ったぁ……!」
「ふふっ、ごめんね。私も次から気を付けるね?」
とは言いつつも、アイラを可愛いと思うのはやめられそうにないとグレースは密やかに思った。
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