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暗殺者キリヤのパンツ集め  作者: まさかミケ猫
一章 新たなる依頼
7/28

もう一手

(キリヤ流・奪パン術。伍ノ型(ごのかた)――〈竜巻(たつまき)〉ッ!)


 女のパンツに手をかけた暗殺者キリヤは、ターゲットの寝返りの動きに合わせるよう自ら回転しなから、その薄布をスルリと抜き去った。

 脱ぎたての匂いや温度を保存用の真空パックに閉じ込める。それさえ済めば、長居は無用だ。


 パンツ集めは今夜で8日目。

 あまりの警備の厳しさに一時はどうなることかと思ったが、ターゲット選びを工夫することで今では計30枚のパンツを入手することに成功している。


(……ここまでは、なんとか来れたな)


 部屋を脱出しながら思考を巡らせる。


 先日の貞操帯は割のいい仕事だった。

 追加報酬(ボーナス)パンツの一種であるだけでなく、着用している女性たちが解放を望んでおり、窓の鍵を開けて待っていてくれたのだ。


 また、貞操帯の彼女らほどでないにしろ、この帝都でパンツを盗んでほしいと望む者は少なからず存在した。

 盗まれる事が自分の美しさの証明だと思っている者や、婚約を破棄したいがために被害者ぶる者、名を上げるためパンツに発信器を仕込む勇ましい者までいたのは、ひとえに「怪盗パンコレ」の名を広めてくれた探偵皇女のおかげだろう。


(皆が皆そうだと、仕事がやりやすいんだがな)


 そんなことを思いながら、彼は首に巻いた黒布――黒腕を伸ばして屋根から屋根へと飛び移る。撤退は迅速に、が基本である。


 キリヤはこれまで、ある意味で盗みやすい女性たちをターゲットとして選ぶことで順調に目標枚数を稼いできた。

 しかし今の方針では、追加報酬(ボーナス)ターゲットを全制覇するのは困難だろう。やはり、想定よりも早い時期に警備が厳しくなったのが痛手だ。


 皇女の出した「怪盗パンコレの予告状」は、確かにキリヤの足を引っ張っていた。


(彼女を最初に狙ったのは失敗だったか? いや、警備が厳しくなった後で帝国城に忍び込む方が無謀だ。皇女のパンツは最初に奪うしかなかった)


 路地裏に降り立ったキリヤは、商人のよく着ているような外套を羽織って足早にその場を去っていく。夜の街に溶け込むよう気配を消せば、彼を気にかける者はいない。


 これまで暗殺者として鍛えていた技術は存分に役立っている。キリヤ流・奪パン術にも日々磨きがかかり、壱ノ型から漆ノ型までの七つは実用に耐えうる練度となっていた。

 しかし、それだけで100枚のパンツを集めきれるほど甘い状況ではないだろう。


(もう一手……何かパンツ集めが有利になるような手を打たなければ……)


 そんなことを考えながら、キリヤは一路拠点へと帰っていった。




 一方の探偵皇女ランネイは、魔導ランプで照らされた薄暗い寝室の中、壁に貼った帝都の地図を前に唸っていた。

 地図には何色かのピンが刺さっている。これは、怪盗パンコレによる犯行の発生日・場所を示すものだ。


「ふむ……この日は北東区の美女を狙っておきながら、ジュクージョ女史のパンツは盗らなかった。別の日も南東区で活動しているのに、トータッタ女史が被害を免れている。これは……年齢でターゲットを絞っているのか……?」


 ランネイは顎に手を当ててブツブツと呟く。専属メイドのエトカが各所から集めてきたデータを元に、有用な情報を見出そうと頭を捻っているのだ。


 もちろん、セブン・パンツ思考法は健在だ。

 彼女が現在穿いているのは、『分析の青』と呼んでいるパンツである。内向きの思考を強化する寒色系パンツの中でも、こういった分析作業に力を発揮するパンツであった。


「くっ……疲労が酷いな……。やはり『癒やしの緑』と『創造の赤』を奪われたのは、推理力への影響が大きい。狙ってやったのだとしたら、相当厄介な奴だが……」


 遅々として進まない捜査に、ランネイは少々苛立っていた。

 騎士に無理をさせてまで貴族街の警備を強化しているにも関わらず、パンコレの犯行が止むことはない。そして、貴族の子女からは毎日のように被害の連絡が来る。早く捕まらないのかと、厳しい声も少なくなかった。


「気楽なものだな……文句を言うだけの者たちは」


 そう言って苦々しげにため息を吐く。


 怪盗パンコレが狙っているのはおそらく、一定以上の美貌を持っている者である。そして今のところ被害者は、40歳未満の貴族の婦女子に限定されていた。

 暴行事件にでも発展すれば、残された体液から魔術での探索も行えるのだが、今のところそういった報告も上がっていなかった。


「……認めたくはないが厄介だな。これはプロの犯行だろうか。そもそも、パンツ泥棒にプロなんて存在するのか分からんが……」


 ランネイは眠そうな目を擦りながら、穿いていた青いパンツの紐を解いた。いい加減、堂々巡りの分析をやめて脳を休めなければ、明日の活動に支障が出てしまうだろう。


 彼女は『分析の青』を丁寧に畳んで机上にそっと置くと、今度は両手に『逆説の黒』と『無垢の白』を持ち、両者を眺めてしばし悩む。

 怪盗を捕まえるためには、何色のパンツを穿いてどちらの方向に思考を傾けるのがより効果的だろうか。


「…………白だな。一度、頭の中を空にしよう」


 彼女は白いパンツを穿くと、フラフラとベッドへ向かう。

 いかに聡明な彼女と言えど、休息を取らなければ思考力は落ちてしまう。そういう意味ではやはり、『癒やしの緑』を奪われてしまったのは大きな痛手と言えた。


「もう一手。奴を捕らえるためには、何か手を打つ必要がある……つまり……」


 彼女はぼぅっとした頭のまま、薄手の布団を腹に掛けた。半分だけ開いた目が、天井の小さな染みを追いかける。


 今頃はまた怪盗パンコレが犯行を行っているのだろう。そんなことを思いながら、ゆっくりと目を閉じていく。


「ああ……そうか……」


 眠りに落ちる直前。

 ランネイはポツリと呟いた。


「そうか……簡単なことじゃないか……」


 そう言って、スヤスヤと寝息を立て始める。

 彼女は一体何を思いついたのか。その内容を知るものは、今はまだ誰もいなかった。


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