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暗殺者キリヤのパンツ集め  作者: まさかミケ猫
一章 新たなる依頼
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ギルドの諜報員

 日もずいぶんと高くなった真っ昼間。

 暗殺者ギルドの諜報員シローネは、ニヤケそうになる頬を引き締めながら、人の多い帝都の大通りを歩いていた。熱を帯びた空気が彼女の髪をサラサラと撫でる。


 現在受けている大仕事はハイリスク・ハイリターン。成功すればとんでもない大金が懐に入るが、下手を打てば命すら消し飛ぶだろう。


 そんな中、実行役の暗殺者が「初手で探偵皇女を狙う」などと言い出したときには面食らったものだが、蓋を開ければここまでは大成功と言ってよかった。

 昨日までの3日間で集めたパンツは、追加報酬(ボーナス)ターゲットのもの3枚を含む全10枚。依頼達成条件が30日で100枚であることを考えれば、悪くないペースと言えた。


(アイツに依頼を持ちかけた本部は、いい判断だったわね……)


 そんなことを思いながら、彼女は洒落た雰囲気の喫茶店に入る。


「あ、シロちゃん! こっちこっちー!」


 テラス席からシローネに手を振るのは、この帝都でアイと名乗っている部下だった。

 彼女は桃色の髪をゆるふわな縦巻きにして、カジュアルなサマーニットに身を包んでいる。身体の凹凸がそれとなく想像できるような「清楚だが隙のある女」風の着こなしで、おそらくこの後も男と会う予定であることが容易に想像できた。


「ごめんねアイ、待たせたかしら」

「もーぅ、待ちくたびれたよぉ。暇すぎてケーキセット食べちゃった。シロちゃんの奢りだからね!」


 そう言って、ぷくっと頬を膨らませる。

 なんとも可愛らしい仕草だが、全て計算ずくだと知っているシローネとしては、単純にぶん殴りたい気持ちだった。


 それでも、先日の帝国城内部の情報は非常に役に立ったため、上司としては労ってやるべきかと思考を切り替える。


「もう、今日だけよ。知ってるでしょ、私はお金を払うのが大嫌いなの」

「うふふ、だからこそ奢ってもらうんだもん。大好きシロちゃん☆」

「……こんなのにコロッと騙される男がいるんだから、世も末よね」

「えー、でも可愛いは正義って言うしー」


 やっぱり一発だけ殴ろうか。

 シローネはそんなことを考えながら、ポシェットから一枚の切符を取り出す。それは、帝国内の別の大都市へ向かう長距離竜車のものだった。


 アイはきょとんとした顔でシローネを見る。


「シロちゃん、これは……?」

「アイが帝都を離れるなんて、寂しくなるわ。向こうに行っても元気でね」


 そう言って切符を差し出す。


 今回の仕事で、帝国城を探らせるためアイには大いに働いてもらった。城務めの騎士の何人かとも深い関係になったが、これ以上アイを動かすのはリスクが高いだろう。

 探偵皇女が捜査に動くのだとすれば、ほとぼりが冷めるまで身を隠した方が良いというのがギルド本部の判断だった。


「ふぅ……。なんとかお役目は果たせたかなぁ」

「十分以上よ。次の査定ではきっと昇格するわ」

「うふふ。じゃあ遠慮なく。先に休暇を楽しませてもらっちゃうね☆」


 アイはウインクをして切符を受け取る。

 おそらく今日のうちに、彼女の姿は帝都から消えていることだろう。彼女に金と情報を貢いでいた男たちには悪いが、同じ姿・名前で彼らの前に現れることはもう二度とない。


「向こうではあんまり目立たないようにね」

「分かってますぅー。あーあ、このキャラでいるの楽しかったんだけどなー」

「……ほとんど素じゃない」

「てへっ☆」


 やっぱり最後に殴ろう。

 シローネがそう考えていると、アイはぷるんとした唇を尖らせながら胸元をゴソゴソと探り始める。男に探られる可能性の少ない、ある意味で定番の隠し場所だ。


 彼女が取り出したのは、封筒に入った手紙らしきものだった。


「これは……?」

「うふ。シロちゃんにちょっとした情報提供。それじゃあね。暗殺神のご加護を」


 アイはそう言って封筒をテーブルに置くと、ウキウキとした足取りでその場を去っていくのだった。




 シローネが部屋の扉を開けると、ベッドで寝ていたキリヤは上半身を起こして彼女の方を見た。コンタクトを外しているらしく、彼のルビー色の瞳が鋭く光る。

 感情が読めない顔をしているのはいつものことだったが、今日はなんだかいつにも増して疲れているようであった。


「キリヤ。今日の成果は?」

「あぁ。すぐに渡す」


 キリヤはベッドからさっと降りると、机の上に置かれたバックパックの方へと向かう。

 彼は初日こそ帝国城へと忍び込んだが、そんな無茶は一度きりだ。二日目からは貴族街の屋敷へ忍び込み、高貴な身分の令嬢のパンツを集めていた。当然、初めより難易度は下がりパンツ集めは加速していくはずだったが。


 彼が取り出した保存用パックは、たったの2つだけであった。


「2枚……? これしか奪えなかったの?」

「あぁ。思ったより警備が厳重になっていてな。こんなに初動が早いのは想定外だ」


 そう言って、キリヤはため息をつく。


 そもそも現在パンツ集めのターゲットを貴族に絞っているのは、初期であればそこまで警備が厳しくないと想定してのことだった。

 当然のことだが、パンツを奪われる事は女の名誉にも係わる。被害に気づいてもそうそう世間に公表できるものでもないし、侵入者の痕跡が発見できなければ「パンツ泥棒がいる」などとなかなか断定できるものでもないと思っていたのだ。


 だが現実には、どこの貴族屋敷も警備の数を増やし、見回りの頻度を高くしている。キリヤの想定していない「何か」が起きているのは間違いないように思われた。


「……なるほど。そういうことね」


 話を聞いたシローネは、つい先ほどアイから受け取った封筒をポシェットから取り出した。


「その手紙は?」

「おそらく、探偵皇女の策よ」

「……見せてくれ」


 キリヤは折り畳まれた便箋を広げる。

 その内容はこうだった。



【予告状】

 帝国の華である、美しいご令嬢へ。

 私の名は怪盗パンコレ。美しい婦女子のパンツを集めるパンツ・コレクターでございます。と言っても、買い取るわけではありません。寝ている間にサッと奪っていくのが私の流儀です。


 近々、貴女のパンツを頂きに上がります。真夜中にお会いできるのを楽しみにしておりますよ。


 怪盗パンコレより



「……は?」

「この予告状が、帝都の貴族街にある各家のポストに投函されていたそうよ。差出人は不明。探偵皇女は大手を振って捜査を始めたわ……自分がパンツを盗まれたことなど、全く公開することなくね」


 要は探偵皇女によるマッチポンプのようなものだ。犯人を騙って予告状を出すことにより、公表しづらい事件を世間の前に引っ張り出し、探偵側に有利になるよう事を運ぶ。


 実際、各家は警備を厳しくし始めた。

 皇女の思惑通りと言っていいだろう。


 キリヤは表情をピクリとも動かさないまま、予告状に目を落として顎に手を当てた。

 シローネとしては、やはり最初に探偵皇女に手を出したのが間違いだったのでは、と思ってしまうのだが……。


追加報酬(ボーナス)は諦めたら?」

「いや。弱気になるのはまだ早い」


 今回の依頼で、追加報酬(ボーナス)の種類は大きく3つだ。


 まずは追加報酬(ボーナス)ターゲット。

 探偵皇女を始めとする特殊なターゲット15名のパンツは、王国大金貨100〜500枚の値が設定されている。全てを揃えれば成功報酬が50%ほどアップする計算だった。


 次に、追加報酬(ボーナス)パンツ。

 例えばセクシー穴開きパンツなど、普通には売られていない特殊な形状のパンツは、その種類に応じて王国大金貨10〜50枚の値がついている。これを逃す手はないだろう。


 最後に、追加報酬(ボーナス)シチュエーション。

 これは皇女の専属メイドなどが該当し、「こっそり皇女のパンツを履いていた」などの着用状況に対する報酬であった。それぞれ王国大金貨1〜5枚の価値がある。遭遇できればラッキーといったところか。


追加報酬(ボーナス)は諦めない。俺には金が必要だ」

「それは分かるけれど、失敗したら元も子もないわ。時には妥協も必要よ」


 シローネとしても今回の大金は魅力的であるが、キリヤに比べれば思考が安全側に寄っていた。元の性格もあるが、諜報員と暗殺者という職種の違いに依るものもあるのだろう。


 キリヤはシローネに答えることなく、窓から入る光に予告状をひらひらとかざす。


「怪盗パンコレ、か」

「厄介なことになったわね」

「いや。存分に利用させてもらおう」

「え?」


 首を傾げるシローネに、キリヤは鋭い眼光を向ける。


「シローネ。いくつかの家に手紙を出せるか」

「それは構わないけれど」

「今から話す文面で、似たような予告状を出しておいてくれ。内容は――」


 そう言って説明を始めるキリヤの真剣な顔を見ながら、シローネは自分の胸がザワつき始めるのを感じていた。


 パンツ集めは、ここからが本番だ。


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