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暗殺者キリヤのパンツ集め  作者: まさかミケ猫
一章 新たなる依頼
3/28

最初の仕事

 西日が差し込む時間帯であった。

 夜勤に向かう下級騎士たちを載せた乗り合いの竜車は、地竜に引かれて帝国城の門を潜る。入場者のチェックが行われるのは、入ってすぐの乗降所だ。


「お疲れ様っす。騎士紋を確認させてください」


 入場者確認は新人の仕事である。

 先輩騎士たちは、新人の彼に軽口を投げながら一人ずつ竜車を降り、首から下げたペンダントの紋章を提示する。いつもの光景である。


 しばらくして新人騎士が竜車を覗くと、中には一人の男が取り残されていた。彼は竜車を降るどころか、椅子の上で死んだように動かない。何やら嫌な予感がするが。


「あのー……先輩? っすよね。大丈夫っすか?」


 声をかけても反応がない。

 慌てた彼は、御者席へと声をかける。


「すんません、ちょっと中を確認して来てもいいっすかね? なんかピクリともしなくて」

「あぁ。たまにいるんだよ、竜車の揺れで寝ちまう奴が。どうせ昼間から酒でも食らってたんだろ」


 御者のオヤジの呆れたような声を聞きながら、新人騎士は竜車の扉を開けて中へと入る。動かない男に近づき、肩をトントンと叩いた。


「あの、先輩? 大丈夫っすか?」

「…………すぅ。むにゃ」

「……寝てる……っすか」


 彼はふと思い立って、男の口元を嗅ぐ。

 それは少し薬臭い独特の匂いだった。


「これは……ネム草の匂いっすね。わざわざ仕事前に睡眠薬を飲むわけないっすから、ネム酒でも引っ掛けてきたんすか……世話が焼けるなぁ」


 ボヤキながら、彼は腰から解毒ポーションの小瓶を取り出した。これは毒や酒を一瞬で抜くことができる魔法薬である。少し値は張るが、多くの騎士が緊急用に持ち歩いているものだった。


 寝ている男の口を開き、小瓶を突っ込む。

 すると男はすぐに目を覚ました。


「――ふぁっ? 俺、寝てたのか?」

「ポーション代金は請求するっすよ」

「うぇっ!? マジかよ……今月厳しいのに」


 呑気にあくびをしている先輩を見て、新人騎士はため息をつく。そして、大きな呆れと少しの安心を込め、クスクスと笑いはじめた。


――竜車の下に張り付いていた暗殺者キリヤは、そんな隙を突いて車輪の間から抜け出すと、一瞬で城の影に身を隠したのだった。




 すっかり日も暮れたところで、キリヤは行動を開始する。

 その服装はシンプルだ。夜闇の中で視認しづらい濃紺のラバースーツ。小物を入れたバックパック。そして、マフラーのように首に巻いた薄い黒布。


 そんな姿で、闇から闇へと移動する。

 シローネから受け取った城の見取り図と警備ルートの情報を元に、時に大胆に廊下を歩きながらゆっくりと侵入を続けていった。


 向かう先は皇女宮――ターゲットである第一皇女の暮らしている建物だった。しかし、これがなかなか近づけない。

 皇帝宮より警備は厳しくないはずなのだが、想定より頻繁に通りかかる騎士に集中力を持っていかれ、遠回りを余儀なくされる。


(……侵入は慎重に、撤退は迅速に。事前情報を過信しない。想定外のことが起きると想定する)


 はやる気持ちを抑え、これまで暗殺者の先達から学んできた言葉を心の中で復唱する。


 こういった警備のしっかりした建物に侵入する際、魔術を使用するのは悪手である。

 マナの揺らぎを検知する魔道具はいたるところに配置されており、魔術など使おうものなら即座に警報が鳴る。仮に逃げられたとしても、魔術の痕跡を分析されれば最悪身元を特定されかねないのだ。


 だからといって、生身での侵入には限界がある。そのため、暗殺者たちは検知されないやり方をいくつか開発していた。

 その中でもキリヤが主に用いるのは、首に巻いた黒布を使った方法である。



 前方から歩いてくるのは、警備の騎士たちだった。


「――アハハ、どうせ昼間から飲んでたんだろ?」

「いや、今日は本当に一滴も飲んでないぜ。竜車で寝ちまったのは俺の失態だが……あの新人が勘違いしやがったんだ。今月はマジで金欠なのにさぁ」


 キリヤは彼らをやり過ごすため、壁の隅の暗がりに入り込んだ。首の黒布にマナを流し込むと、それを操作して壁の上方にスルスルと伸ばす。

 魔術を使わずに体内のマナを操作をするだけであれば、警備の魔道具には引っかからない。その上、キリヤは弛まぬ努力によって黒布を手足のように操ることができるようになっていた。


 この「黒腕(くろうで)」は、基本にして奥義だ。


 ある意味で万能である代わりに、精密なマナ操作と高い集中力が要求されるため、容易に真似できるものではない。そしてこれこそ、彼が「三本腕」と呼ばれる真の理由であった。


「――お前が金欠なのはアレだろ、色街のナントカって女に搾り取られてるから。あの子、相当腹黒いって噂になってるぜ」

「おっと。アイちゃんを悪く言うなら戦争だ」


 白熱する騎士たちの議論を聞きながら、キリヤは壁上方の凹凸を黒腕で掴み、静かにぶら下がる。今のところ、彼らがキリヤの存在に気づく気配はない。


「アイちゃんは本当は真面目なんだよ。純粋で一途なんだ。ただちょっと誤解されやすいだけで」

「いいか、よく聞け。真面目で純粋で一途な子は不特定多数の男と寝たりしない」

「それこそ偏見だッ! アイちゃんにもいろんな事情があるんだから、決めつけるんじゃない! 病気の母親とロクデナシの父親と――」


 ちなみにどうでも良いことだが、話に出ているアイちゃんというのは王国の諜報員であり、シローネの部下だ。実際かなりのやり手で、騎士を籠絡して帝国城内部の情報をあれこれ入手してきたらしい。


 キリヤは壁に貼りついて静かに待機する。


「……まぁ、正直どっちでもいいんだがな。遊ぶにしても身の丈に合った女を選べよ」

「骨身にしみてるよ……マジで金がねぇ……」


 去っていく騎士たちを見送ると、キリヤは音もなく地に下りた。ここを突破すれば、皇女宮は目の前だ。




 人々の寝静まった深夜。

 キリヤは黒腕を細く伸ばし、鍵穴へ慎重に挿し入れた。さらにマナを流し込めば、それは硬化して本物の鍵と遜色ない働きをする。いかに魔術の効かない素材の錠前だろうと、この方法なら大抵のものは開けられる。


 カチャリ。

 小さな音とともに、寝室の扉が開いた。


(……侵入は成功。ここからだな)


 巻き取った黒腕で顔を隠しながら、ゆっくりと寝室に入っていく。



 月明かりに照らされたランネイを見て、キリヤは小さく息を呑んだ。


 陶器の人形のような滑らかな肌と、長い睫毛。ネグリジェから伸びる扇情的な脚に、肩紐が緩んで溢れそうな胸元。無防備に眠るその姿は、決して穢してはならない聖域を垣間見ているかのようだ。


 これから彼女のパンツを抜き去る。


(失敗すれば死。ただそれだけの事。後は覚悟の問題だが……初めて人を殺した時の気持ちに似てるな。まさかこんな感覚を、もう一度味わうことになるとは。人生、分からないものだ)


 複雑な感情を押し殺し、ベッド横に音もなく膝を立てる。キリヤがいるのは、横向きに寝転がった彼女の背中側だ。


 ふぅと息を吐ききり、止める。


(キリヤ流・奪パン術。壱ノ型(いちのかた)――〈子鼠(こねずみ)〉ッ!)


 奪取は一瞬だった。

 キリヤの指は鼠の大群のように彼女の肌を素早く這い、緑色の紐パンツの結び目を解く。そしてそれを、股の間からスルリと引き抜いた。


「ん……」

「――っ!?」

「すぅ……」


 ターゲットが小さく身じろぎしたのは偶然か。

 黒腕を操作して背中から保存用の真空パックを取り出した彼は、回収したてのホカホカの紐パンツをその中に仕舞った。


(……熟睡してくれていて助かった。もう二、三枚奪取したら撤退だ。無理は厳禁だが、チャンスは逃さず行こう)


 キリヤは音を立てずに部屋を出ると、再び部屋の鍵を閉める。

 そして、皇女宮に住むランネイ以外の美少女・美女の情報を思い出し、次のターゲットを決めて動き始めたのだった。


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