精霊の聖櫃
ちょうど昼を過ぎた頃。
皇女宮の一室には十数名の貴族令嬢が集められていた。
「この魔道具は『精霊の聖櫃』と呼ばれてるデス。わざわざトゥニカ神国から運んでもらった珍しいものになるマス」
神官ニャウシカが令嬢たちに紹介したのは、大きな宝箱のような見た目をした魔道具であった。
精霊の聖櫃。主にこれには、聖剣や聖法衣などの神聖な品物を一定時間入れておくことで、精霊の加護を授けるものである。
令嬢の中の一人が、サッと手を挙げる。
「神官ニャウシカ、質問してもよろしくて?」
「……デコラさん。ハイ、なんデスか」
「貴女は確か帝都の街で、パンコレ神を讃えよとかなんとか言って練り歩いましたわよね。貴女がこれから何をするつもりなのか分かりませんが……正直に言えば、信用できませんわ!」
そう言って、美女ランキング3位のデコラは鼻にかかる声で目つきを鋭くする。対する神官ニャウシカは、穏やかな顔でそれに答えた。
「少し誤解があるデス。神殿は何も、犯罪を認めよと言っている訳ではないデスよ。信仰の自由と違法行為は全く別の問題になるマス」
「……よく分かりませんわ。つまり?」
「帝国法の範囲内でなら、どの神を信仰しても自由デスが……泥棒は犯罪。神殿も認めていないデス」
そう言って胸を張るニャウシカに、デコラは納得したようにウンウンと頷いた。
「つまり、信仰泥棒ということですわね」
「違うデス。デコラさん、ゼンゼン違うデスよ」
周囲の全員が揃って首を横に振ると、部屋には微妙な空気が漂う。
すると、その次に口を開いたのはメルメルだった。
「それでニャウシカさん。その魔道具が今晩のパンコレ対策とどう関係するんですか?」
「ハイ。今からそれを説明するデスよ」
ニャウシカは精霊の聖櫃の蓋を開く。するとその中には、何枚かの小さな布地が入っていた。
「パンツですか……?」
「そうデス。この中には新品のパンツを数日間保管しました。現在は聖なるパンツと化してるデス」
「……聖なるパンツ」
それらのパンツは、薄ぼんやりと幻想的な光を放っている。高位神官の身につける聖法衣などと同じように、精神を落ち着ける効果が期待できるパンツらしい。
「精霊の加護を授かった品物にはいくつか特徴があるマスが……その中の一つに、『その品物の現在位置を特定できる』というものがあるデス」
「なるほど! 聖剣などが失われないようになっていると聞いたことがありますが……」
「ハイ。その効能をパンツに適用した形になるデスよ……これで、パンツが盗まれてもドコにあるか丸わかりになるデス」
ニャウシカの説明に、女性たちは少し興奮したような表情を浮かべる。
聖なる品を身につける機会というのは、そうそうあるものではない。高位の神官でもなければ、物語の聖女や勇者が着用する類のものなのだ。
今回も、探偵皇女直々の依頼があったからこそ実現したことであって、トゥニカ神国にとっても異例の対応と言って良いだろう。
「そんなわけで、今夜に備えて今のうちにパンツを履き替えておくデスよ」
「今ですかっ!?」
「ハイ、今この場で順番に。この聖なるパンツは、売れば相当高価になるはずデス。パンコレ以外の泥棒に奪われたらその後の捜査にも影響するデスから、基本的に着脱はこの部屋でのみ行うデスよ」
そう言うと、ニャウシカの部下らしき女性神官が衝立を用意し始める。
「では、一人ずつ順番にこちらへ来るデス」
そう言って、端から順番に女性の名を呼び始めた。
全ての女性が部屋を出ていくと、ニャウシカは衝立を片付けている部下に対してニッコリと笑いかける。
「……さて。これで脱ぎたてのパンツがたくさん集まったデスね」
そう聞いた部下は、神官服のフードを外しながら小さく頭を下げた。
「協力感謝する、神官ニャウシカ」
「いえいえ、お礼にはまだまだ足りないデス」
ニャウシカの部下を演じていたのは、女装して女性神官になりきったキリヤであった。
今回の「聖なるパンツ」作戦では、これまで盗んでいない女性のパンツを15枚も回収することができた。これでパンツの総枚数は100枚に到達したため、後は追加報酬ターゲットに注力することができる。
キリヤがパンツの入った真空パックを背中に仕舞っていると、その様子を眺めていたニャウシカがクスリと笑みを漏らした。
「お話をもらった時は驚きマシタ」
「……リスクのある提案ではあった。だが、目標を考えると、どうしても貴女の協力が必要だった」
「フフ。お役に立てたなら光栄デス」
今回神官ニャウシカには、諜報員のカルマから数人の使い捨て人材を通して、パンツ集めへの協力依頼をしていた。限られた残りの期間と得られる成果の大きさから考えて、あえてリスクを取った形だ。この協力がなければ、帝国城への侵入も含め目標達成は難しかっただろう。
「お仕事の詳細は知らないデス。でも、私だけではなく、アナタの行いで救われた女性たちは確かに存在しマシタ」
「……偶然の成り行きだ」
「それでもデス。貞操帯を着けていた女性たちから、アナタは今も熱い信仰を寄せられているデスよ。それはしっかり認識しておくデス」
そう言うと、ニャウシカは突然スルスルとパンツを脱ぎ始める。それを真空パックに入れて封すると、少し頬を赤らめながらキリヤに差し出した。
「ワタシのパンツもどうぞデス」
「……ありがとう」
パンツを受け取ると、軽く握手を交わす。
彼女の微笑んだ顔は、キリヤも思わずドキッとするほど熱の篭もったものだった。彼女に夢中になる信者が多数いるのも頷ける。
「お仕事が落ち着いてアナタの定住先が決まったら、ご一報くださいデス。最寄りの神殿に出向して、一生を掛けて感謝を返すデス」
「ふむ。例えばそれは……新しい神殿を建てる、なんて要件でも来てもらえたりするのか?」
「ん? 町作りでもするデスか?」
「まぁ……そんなところだ」
キリヤは曖昧に答え、彼女に背を向ける。
これで第三席デコラ、神官ニャウシカの2名のパンツを入手した。残るは、魔術師アズサと歌姫シローネのものだけだ。
「……アナタに神のご加護がありますように」
「あぁ。貴女にも神のご加護を」
キリヤはふぅと息を吐く。
頬を叩いて気を引き締め直すと、その部屋を後にした。





