ギルドと諜報員
真新しいカフェの奥にある、防音処理の施された部屋。
移転して間もない拠点ではあるが、そこは既に暗殺者ギルド帝都支部としての機能を十全に発揮しているように見えた。今回のような急な引っ越しも、初めてのことではないのだろう。
キリヤの目の前では、傷だらけのスケルトンのようなガリガリの爺さんが葉巻を咥え、表情の読めない目で机をトントンと叩いていた。
「そういうわけでな。このギルドにシローネという名の諜報員が在席したという事実はない」
そう言って、甘い香りのする煙を吐き出す。
つまり、シローネに関する証拠の隠滅は済んだ、ということだろう。キリヤも早々に、これまで拠点にしていた宿を移動していた。
「……そうか。理解した」
「今回の失態で諜報部長は更迭された。あぁ、三本腕のキリヤについては責任に問われることはない。依頼も継続してくれ」
「窓口はどうなる」
「新しい者を担当に付ける。紹介しよう」
爺さんは呼び鈴の魔道具に手をかける。
ほどなくして現れたのは、まだ10歳ほどの少女だった。漆黒の髪は肩のあたりで切り揃えられ、その整った顔からは一切の感情が読みとれない。
彼女は一礼すると、小さな声で呟く。
「…………私はカルマ」
カルマと名乗る少女は、若いというより幼いと呼んだほうがしっくりくる容姿だった。また、ボソボソと話す声には覇気がない。
キリヤは首を捻りながら爺さんを見る。
「彼女は本当に諜報員か……?」
「あぁ、言わんとすることは分かる」
この業界には、年齢が低くても仕事の出来る者は大勢いる。キリヤ自身、プロの暗殺者としてデビューしたのは10歳の頃なので、彼女の年齢については問題視していなかった。
キリヤが違和感を覚えたのは、彼女の無愛想さである。
諜報員は、対象とする町に溶け込み情報を集めるのが主な仕事だ。つまりは、暗殺者ギルドの中でもコミュニケーション能力の高い者、一見して闇を感じない者の方が適していると言えるのだ。
それでもギルドが推薦するということは。
「よほど情報収集しやすい立場にいるのか。それとも猫かぶりが相当上手いのか」
「両方だな。カルマ、見せてあげなさい」
「………………はぁ」
面倒臭そうにため息を吐いたカルマは、目を閉じて少し下を向く。そして次の瞬間、花の咲いたような可憐な表情を浮かべると、キリヤにウインクを投げた。
「はじめまして、あたしカルマだよ☆ エヘヘ、こう見えて演技は得意なんだ! 人呼んで七変化のカルマ。いろんな性格になれちゃうんだよー!」
「なるほど」
「あははは……あー…………つらい……」
彼女は疲れたようにズーンと沈み込む。
一方で、キリヤは彼女の演技力に感心していた。ここまでの領域に至るには、持って生まれた才能だけでなく、並外れた努力も必要だっただろう。
「…………働きたくない」
「で。今はどこに入り込んでいる?」
「コホン。わたくしは現在、皇太子のメイドとして帝国城に勤務しておりますの。下っ端ではありますが、皇太子からの覚えもよく、歳も近いので将来は妾になる可能性もございます」
「ほぅ。それは優秀だ」
「うふふふ…………ふぅ。疲れる……」
コロコロ変わるカルマの姿に少々驚きながら、キリヤは深く頷いていた。このまま良い関係を築ければ、皇太子が将来皇帝になった際にすぐそばで情報収集ができるのだ。確かに将来有望な諜報員だろう。
一方のカルマは、完全に無表情に戻り、首を捻ってキリヤを見た。
「…………盗むパンツは、あと何枚?」
「5日で15枚だ」
「……適当に平民を狩って、お終い?」
「いや――」
キリヤは首を横に振る。
そして、指を4本立て、一本ずつ折り曲げながらカルマに示す。
「追加報酬ターゲットが4人も残っている。第三席デコラ、神官ニャウシカ、魔術師アズサ、それに歌姫シローネだ」
「……シローネ?」
「あぁ。まだ彼女のパンツは入手できていない。どうにかして盗み出したいと思っている」
それを聞いて、ここまで感情を見せなかったカルマの顔が困惑したように揺れる。
「…………助けに行くつもり?」
「何の話だ。シローネはギルドと無関係なんだろう。ならば、彼女はただのターゲットの一人だ」
「あー……思ったより面倒臭いタイプだった」
そう言いながら、カルマは少しだけ口の端を持ち上げ、丸めていた背筋を伸ばす。懐に手を入れると一束の調査資料を取り出した。
「……今貴方の挙げたターゲットは全員、現在は帝国城の中に匿われている。怪盗パンコレをおびき寄せる餌だと思っていい」
キリヤは資料を受け取りながら彼女に答える。
「情報感謝する。残り日数も少ない。ターゲットが集まって待ってくれているなら好都合だ」
資料に目を落としながら、キリヤは考えを巡らせる。
さすがに今回については、これまでのように素直に帝国城に侵入し、パンツを集める――というわけにはいかないだろう。何か方法を考えなければ、探偵皇女の張る罠に絡め取られるだけだ。
「作戦を練りたい。カルマ、協力してくれ」
「……うん。いいよ」
意外とすんなり頷いたカルマは、キリヤの隣に椅子を持ってくる。
二人で様々なアイデアを出し合いながら、パンツ集めの最後の作戦を立てていくのだった。





