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暗殺者キリヤのパンツ集め  作者: まさかミケ猫
二章 探偵の逆襲
15/28

パンツの神様

 そこは洒落た雰囲気の喫茶店だった。

 高級店というほどではないが、価格帯は高めで、客の数はそう多くない。ケーキセットが美味しいとのことだが、一般向けに張り切って宣伝している様子もなかった。


 この店のオーナーはランジュ王国の暗殺者ギルドの手の者であるが、キリヤがここを訪れたのは初めてだ。


(……案外、落ち着けるものだな)


 照りつける日差しに目を細めながら、彼はその店のテラス席に腰を下ろす。

 普段であれば、部屋に篭もって訓練と休息に充てている時間であるが、今日はシローネに請われてこの店で待ち合わせをすることになったのだ。


 苦味の強いコーヒーを啜りながら、これまでの仕事の成果に思いを馳せる。


 18日間で集めたパンツは全65枚に達した。

 平民街はこれまでより警備が薄い一方、その面積は広大だ。美女・美少女が密集して暮らしてくれるわけもなく、意外と移動に時間を取られる。とはいえ、数字で見ればパンツ集めは順調に進んでいると言って良いだろう。


 また追加報酬(ボーナス)ターゲットも残り5名。

 そのうち神官ニャウシカは、怪盗パンコレに協力的な態度を取っているらしい。歌姫シローネについては暗殺者ギルドの諜報員、つまり身内である。


「シローネのパンツはどうするべきか……」

「もちろん提供するわよ。有償で」


 そんな言葉と共に、シローネが現れる。

 いつもと同じレモン色の眼鏡と、地味に見せるための化粧をしている。心なしか、その顔はウキウキしているようだった。


「シローネ。この前は助かった。あの女騎士は少々厄介な相手だったからな」


 キリヤは軽く手を上げて小さく微笑む。

 先日は女騎士ウォルターのパンツを盗むため、シローネには「パンツを盗まれた」と偽証してもらい、夜通しウォルターを引き留めて疲弊させる役を依頼したのだ。その企みは大いに成功したと見て良いだろう。


 今日この店に来ているのも、そのお礼のためだった。


「だが、報酬がここのケーキセットで本当に良かったのか?」

「えぇ。少し前に、この店で一番高いケーキセットを部下に奢らされてね。不本意だったから、貴方に奢ってもらうことでチャラにしようと思って」

「……俺から金を取って、自分でこの店に来れば良かったんじゃないか?」

「あら、三本腕のキリヤともあろう者が分かってないわね。それじゃあ自腹を切ってるのと同じじゃない。人の財布で食べるから価値があるのよ」


 そう言って、メニュー表を手に取りながらウェイターを呼んだ。


 シローネが帝国に来たのは、物心をつく前のことらしい。両親もまた王国の暗殺者ギルドで諜報員をしており、家族ぐるみでこの国の深部に入り込むことをミッションにしていたのだ。

 彼女はその容姿と歌の才能で、歌劇場のスターへと上り詰めてゆく。さらに帝都で開催される美女コンテストに優勝すると、帝国美女集会へと呼ばれるようになった。


 コーヒーにミルクを注ぐ彼女を見ながら、キリヤはふと浮かんだ質問を投げる。


「別に王国に帰属意識なんてないんだろう。どうして今も諜報員を続けてるんだ?」


 シローネはきょとんとして、少し考える仕草をしたあとで、まっすぐにキリヤを見た。


「まぁ……金のためよ」

「例えばだが、任務のために今の地位を捨てることになっても、未練はないのか?」

「愚問ね。歌姫のまま一生食っていこうなんて思ってないわ。それに、私にはお金が必要なの」


 そう言って、彼女はクスッと小さく笑う。


「だから、ギルドや貴方を裏切る心配は不要よ」

「それは……どんな大金を積まれても、か?」

「えぇ。冥界に金銭は持っていけないもの」

「違いない。真理だ」


 キリヤは深く頷く。

 暗殺者たちの腕前をよく知っているシローネだからこそ、暗殺者ギルドを敵に回すような行動は絶対に取らないだろう。命がなければ金を持つこともできないのだ。


 対するシローネは彼の瞳をジッと覗き返すと、逆に問いかけてきた。


「貴方はどうなの? キリヤ」

「ん? どうとは」

「あの夜。貴方はどうして神官ニャウシカを助けたのかしら……その理由が分からないのよね」


 彼女が言っているのは、ニャウシカが信者に暴行を受けそうになっていた時のことだろう。


 キリヤにとって信者の男を蹴り飛ばしたのは、そこまで深く考えた行動ではなかった。後悔もしていなければ改めるつもりもない。仮にこれが殺しの依頼だったとしても、彼女を救った後で命を奪っていただろう。


「……何かおかしいか?」

「いえ、不満があるわけじゃないの。ただ、見捨ててしまう方がリスクも少なくて理に適ってる。いつも冷静な貴方らしくないと思ったのよ」

「まぁ、そうか。確かに」

「ここにきて正義にでも目覚めた? それとも、ニャウシカみたいな褐色美少女がお好み?」

「ないな。どちらも」


 キリヤはなんとはなしに目を閉じる。

 ふと脳裏に浮かんだのは、臭気の漂う薄汚れた街のイメージだった。誰もが生きるために精一杯で、騙し騙されるのが日常。パン一つを奪うためにさえ血が流れる。


「……貧民街に住む者は、人間ではない」


 キリヤの口から溢れたのは、そんな一言だった。


「何の話……?」

「悪いな、つまらない昔話だ。貧民街に住む者は、税を納めていない。王国の法で守られた『人』ではない。だから、奴らに対しては何をしても許される……。俺が幼少期を過ごしたのは、そんな場所だったという事を思い出していた」


 キリヤはゆっくりと目を開け、カップに残ったコーヒーを一気に飲み干す。喉に絡みつく苦味に少しだけ顔を顰めながら、きょとんとしているシローネをまっすぐに見た。


「昔、友人が貴族に犯し殺された。玩具のように好き勝手に嬲られてな。どうやら俺はその事を、今でも根に持っているらしい。あの強姦魔を蹴り飛ばした理由は、まぁそんなところだ」

「なるほどね……。もしかしてキリヤは、復讐のために暗殺者を続けてるの?」

「いや。それはもう済んだ(・・・)


 その友人が、死の際にキリヤへ託したのだ。

 もう叶えられない自分の夢、子供の戯言と斬って捨てられるようなバカな願いを、彼女の代わりに実現して欲しいと。だから――


「今も暗殺者をしてるのは、やはり金のためだ」


 それだけ言うと、キリヤは黙る。


「……そう。それは良かったわ」

「良かった……?」

「目的意識が違うと、一緒に仕事をしていくのが辛くなるもの。貴方も私も、互いにお金のため。シンプルでいいじゃない」

「あぁ。そうだな」


 シローネの言う通り、目的が明確なのは良い。

 いざという時に仲間の行動が予測できるというのは、こういう仕事では特に大切だという事をキリヤは経験から知っていた。




 シローネがケーキセットを堪能している様子を眺めながら、何杯目かになるコーヒーを啜っている時であった。


 突然ざわつき始める街の人々。

 キリヤがテラス席から見下ろした先には、何やら騒がしい人だかりが出来ている。


「あれは何だ。今は祭りの時期でもないだろう」

「えぇ。貴方をこの店に連れてきた理由の一つは、あの集団を直接見せたかったからよ。このままここで待っていれば、面白いものが見られると思うわ」


 シローネがそう言って、しばらく。

 遠くの方から、何やら楽しげな楽器の音や歌声が近づいて来るのが分かった。それに合わせ、集まって来ていた民衆は大きな盛り上がりを見せる。


 やがてその集団は、キリヤたちのいるテラスのすぐそばを通りかかる。


「♪パンツー、パンツー、パンツぅぅぅぅ。パぁンツぅぅぅを狙ーえー♪」


 紫色の三角頭巾を被った集団。

 そしてその先頭にいるのは、同じく紫色の法衣を着た、なんだか見覚えのある褐色肌の美少女だった。


「――さぁさぁ、パンコレ神を称えてミンナも歌うデスよッ! ♪寝所ではぁー、ダレでもヒトリヒトリきり〜♪」


 それは、パンコレ教団の大行進だった。


 神殿はまだ正式にパンコレ神を認めた訳ではないが、他でもない神官ニャウシカが先陣を切って全力で布教を始めているのだ。

 先日までは困惑していた民衆も、連日の布教活動の結果なんとなく受け入れる雰囲気になってきているらしく、道行く子どもたちは無邪気にパンツの歌を口ずさんでいた。


 キリヤはテーブルに両肘をつき、重ねた手のひらで顔を覆う。


「どうしてこうなった」

「私も知りたいわ」


 熱気を孕んだ風が、楽しげでおかしな歌声を帝都中に運んでいく。予測不能なお祭り騒ぎは、当の本人たちの全く意図しないところで、大きく大きく膨らんでいくのであった。


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― 新着の感想 ―
[良い点] 想像を超えたひっどい歌が流行ってて笑いが止まりませんでした面白すぎる
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