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暗殺者キリヤのパンツ集め  作者: まさかミケ猫
二章 探偵の逆襲
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神殿の神官

 精霊神殿は、主神である雷神ザクルスを中心に、数多の神・精霊を祀っている多神教だ。普及と共に各地域の神話を取り込み、偉人や悪霊すら神格化するその「懐の深さ」で人々に支持されてきた。


 だが……。


「パンコレ神はないだろう……パンツだぞ……」


 顔中に深い皺の刻まれた白髪の老人は、疲れ切った様子で両手の中に顔を埋めた。


 ここは帝都に建てられた歴史の古い主神殿。

 神官長である彼は、決して清廉潔白な人物というわけではない。むしろ帝国貴族と渡り合うためには、清濁合わせ飲む才覚もまた必要なものである。


 彼はこれまでも、本部のあるトゥニカ神国の意向を汲み取りつつ、やり過ぎない範囲で帝国人に馴染みやすいよう神話を編纂(ローカライズ)してきた。

 それでも、さすがにパンツ泥棒を神格化する動きには飲み込み難いものがあった。


「神官ニャウシカよ、どう思う」

「ハイ。本国もまだ困惑してるデス。通例では、異教徒は早々に神殿に取り込んで反抗の芽を摘むことになってるマスが……」


 褐色肌の美少女ニャウシカは顔を顰める。

 神殿は過去に、荒ぶる天候を鎮めるため邪神を祀り上げたこともある。異教徒を懐柔し取り込むこともしてきた。しかし、パンツ泥棒を神格化するのは、それらとはまた次元の違う話であろう。


(神官長はお疲れのようデス。ココはワタシがシッカリしなければ)


 彼女は帝国美女十選のメンバーであると共に、トゥニカ神国が派遣した神官でもあるのだ。妙な神の存在を認めてしまっては、本国にも顔向けできない。


「パンコレ教団……ワタシがぶっ潰すデス」

「待つのだ神官ニャウシカ。そなたは知らないのだ……迫害された異教徒が牙を剥いた時の恐ろしさを。信仰とは、時に人を魔物より厄介な存在へと変えてしまう」

「だからって、放っておけないのデス!」


 バン、と机を叩く。

 そもそもパンコレ教団なるものの出現自体、あまりに突然のこと過ぎて、帝国でも神殿でも未だ事態を飲み込み切れていないのだ。



……それは、ちょうど美女集会の翌日のことだった。


 紫色の三角頭巾で顔を隠した珍妙な集団が、帝都の中央通りを「新しき神、パンコレを讃えよ」と歌いながら練り歩き始めたのだ。その声は女性ばかりな上、耳に残るキャッチーなメロディーまでついている。帝都の話題は一気にパンコレ一色になった。


 さらに面倒なことに、彼女らの出発地点は貴族街の中だった。つまり、この教団には少なからず貴族が介入している。帝都の治安を守る騎士たちも、下手に手出しが出来なかったのだ。


 その後すぐ神殿に届いたのは、新しい神を受け入れてほしいという正式な要望書。


「教義が、パンツからの解放……? まったく、帝国人は狂ってるデス」

「いやあの……さすがに帝国の中でも、パンコレ教は少数派だと思うぞ、神官ニャウシカ」

「でも、探偵皇女様が言ってたデスよ……」


 それはつい先ほどのこと。皇女の元へ相談に行ったニャウシカに、彼女は言い放ったのだ。


『ふむ。興味深いな。いっそパンコレ神を認めて、帝国中の美女がパンツを穿かなくなれば……』

『ナニを言ってるデス!?』

『ははは、逆にパンコレは盗むパンツが無くなり、困り果てるかもしれんぞ。なかなか悪くない手じゃないか』


「――この国はトップから狂ってるデス! おかしいデス! 変態デス! パンツの焦土作戦? 頭蓋骨の中に虫さんでも飼ってるのではナイか?」

「落ち着けニャウシカ。落ち着け」

「フシュー、フシュー……失礼したデス」


 ニャウシカはどうにか呼吸を整える。

 神官長がヤらないのなら、自分が代わりにヤってやろう。そんな物騒な決意をしながら、やつれた顔で額に手を当てる彼に向かって一礼すると、神官長室を後にした。




 それは夜もすっかり更けた頃だった。

 ふと下半身に違和感を覚えたニャウシカは、カッと目を開けてそちらへ視線を向ける。そこにいたのは、彼女のパンツに手をかける一人の男だった。


「そ、そこのお前! ナニしてるデスか!」


 ニャウシカが慌てて身を捩りながら後退ると、男は首を捻って鼻息を荒くする。


「クソ。パンコレって奴はどうやってんだ……?」

「お、お前は……ワタシの警備をしてる信者ではないか! い、いいい一体ナニをッ!?」

「ハハハ、いやぁなぁ……」


 男はニタニタと顔を歪めながら、底なしの闇穴のような昏い瞳でニャウシカをジッと見つめた。


「どうせニャウシカ様の純潔は、パンコレとかいう奴に散らされるんだろ? だったら一足先に、俺が頂いてもいいじゃねぇか……!」

「な……じ、冗談はやめるデス」


 男がベッドによじ登ってくる。

 ニャウシカは叫び声を上げながら、必死で男の手から逃れようとする。しかし、男は躊躇することなくその足首をガッシリと掴んだ。


「無駄だァ! 俺は防音魔術を使ってんだ」

「なっ!? 魔術検知の魔道具は――」

「切ってあるに決まってんだろォォォ……」


 男は口の端によだれを垂らしながら、ニャウシカの足を引き寄せる。彼女も身体強化の魔術を使用しているが、男の魔術行使の方が一枚上手であった。


 ニャウシカは全力で抵抗を続ける。


「やめて! やめて、お願いデス!」

「ずっと好きだったんだ。憧れてた。一度でもあんたを抱けるなら、一生の思い出だ……」

「ワタシには一生の悪夢デスッ!」


 男は全身で彼女に覆いかぶさる。


「嫌よ嫌よも好きの内ってな……!」


 絶体絶命。

 男の顔がニャウシカに迫った、その瞬間。


「――そんな訳があるか」


 現れた黒い人影が、信者の男を蹴り飛ばした。




 壁に激突し目を回している男。

 黒い影はそのそばに素早く近寄ると、背負ったバックパックから取り出した荒縄で男を縛り始める。叫ぼうとする男に猿轡を噛ませる様子も含め、ずいぶんと手慣れているように見えた。


 ニャウシカは薄い掛け布団に顔を埋め、込み上げてくる涙を拭いながらヒックヒックとしゃくり上げる。


「ありがと……デス……」

「成り行きだ。運が良かったな」

「もう嫌だこの国……変態しかいないデス……」


 涙を流し続けるニャウシカ。

 その傍ら、黒い人影は黙々と作業を続け、男を柱に固定する。それが終わると、部屋の隅に置かれたストールを手に取り、彼女に近づいてその肩にそっと掛けた。


「さてと……。はだけた服を着直したら、女騎士でも呼ぶといい。それから、しばらくは男を近づけない方がいいだろう。同類がいる可能性もある」

「アナタ様は?」

「残念だが今日は出直すことにする。また近い内にな、ニャウシカ嬢」


 そう言うと、黒い人影は自然な動作で素早く窓を開け、音もなく外へ消えていった。気配一つ残さず、幻のように一瞬で消え失せる。


「もしや……怪盗パンコレ……デスか……?」


 セミの声だけが響く薄暗い部屋。

 ニャウシカの小さな呟きは、開け放たれた窓へと吸い込まれ、夜闇の中へ溶けていった。


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