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暗殺者キリヤのパンツ集め  作者: まさかミケ猫
二章 探偵の逆襲
12/28

帝国美女集会

 臨時招集された帝国美女集会。

 その議長席に座った第一皇女ランネイ・ビアンケリアは、集まってきた美女・美少女たちをグルッと眺めて口を開いた。


「――そういうわけで、怪盗パンコレと思わしき男は無事に捕縛した。昨晩も貴族子女から被害の報告は上がってきていない」


 その言葉に、会議室には安堵したような空気が流れる。

 この中には若干名の平民も混ざっているが、大半は貴族階級であった。明日パンツを盗られるのは自分の番かもしれないという恐怖に、令嬢たちの中には体調を崩す者さえいたのだ。喜びもひとしおだろう。


 ランネイはそんな皆を眺めながら言葉を続ける。


「だが……盗まれたと思しきパンツは、未だ発見できていない。引き続き捜索を続けているが――」

「それはもう宜しいのではなくて?」


 ランネイの言葉を遮るように、一人の貴族令嬢が声を上げた。


 彼女は子爵令嬢デコラ・シャクレール、22歳。

 縦巻きにしたピンクゴールドの髪に宝石を飾り、フワフワとした星空色のドレスに、珍しい子銀狼の毛皮を合わせている。強めの香水の匂いがあたりに漂う。


 彼女は帝国美女ランキングにおいて、第一位のランネイ・ビアンケリア、第二位のメルメル・アフロディーテに次ぐ第三位の美貌の持ち主である。しかし、なぜか男性からの人気は低く、未だ婚約者も不在であった。


「どうせ、返ってきた気持ちの悪いパンツなど穿く者はいないでしょう? 怪盗パンコレとかいう世紀の大変態を捕まえたのなら、もうさっさと忘れませんこと? わたくし、それほど暇じゃありませんの」


 デコラの鼻にかかるような声に、周囲の苛ついた視線が集まる。ランネイは顎に手を置くと、彼女へ冷静に切り返した。


「そうは言うがな、デコラ嬢。ロキの手元にパンツがなかった以上、怪盗パンコレは単独犯ではなく組織だという可能性や、時をおいて犯行が再開される可能性もある。なにより……」


 ランネイは小さくため息を吐く。


「デコラ嬢のパンツは盗まれなかった(・・・・・・・)だろう。そなたが捜査を遮るのは筋違いだ。被害を受けた令嬢たちからは、真相究明に尽力してほしいと頼まれているしな」


 その言葉に、デコラは顔を真っ赤にして俯いた。


 もちろん、彼女とてパンツを盗まれることを望んでいたワケではなかっただろう。

 ただ彼女は、怪盗パンコレの予告状を受け取ってすぐに警備を固め、ランネイに激しい言葉で「早く怪盗を捕えろ」と詰めより、誰よりも大騒ぎした挙げ句、結局パンツを盗まれなかったのである。


 周囲の彼女に向ける目は冷ややかだ。

 パンツを盗まれるのは恥だが、盗まれないのもそれはそれで女の沽券に係わるのであった。


「さて、異論が無ければ今日の全体集会の議題は以上だ。続いて十選会議に移る。第十一席以下の者は退席してくれ」


 そう宣言すると、令嬢たちはぞろぞろと席を立って会議室を去っていった。


 帝国美女集会の前半は、政治的影響力の大きな貴族女性たちで。後半はランキング10位以内の選ばれた美女のみで開催される。議題の内容によっては、後半の会議のみで話し合われるものもあった。


 微妙に緩んだ空気の中、ランネイはデコラの側にそっと近づき、小さな声で語りかける。


「いつも悪いな、デコラ嬢」

「……何がですの」

「そなたの意図は分かっている。皇族である私に反対意見を持つ者も、会議の場ではなかなか意見を言いづらいからな……そういった者たちの代弁者となることで、皆の不満を溜めないよう動いてくれているのだろう。正直、助かっている」


 ランネイはそう言うと、普段は軽々しく下げない頭を小さく垂らす。


「いつも矢面に立っていただいて、こんなに有り難いことはない。美女会議第三席である貴女にしかこなせない重要な役割だ」

「――ひゅっ!?」

「私はどうやら、理屈で考えることは得意だが、人心を慮ることは苦手のようだ。私が至らないばかりに、損な役回りをさせて済まない」

「そ、そそそ、そんなの気にする必要はありませんことよ、オホホホホホ……ゴホンッゴホンッ」


 デコラは裏返った声で答えながらゴホゴホと咳き込み、居心地悪そうに身を捩っている。そんな彼女を見て、ランネイは小さく笑みを浮かべて宙を見上げた。


(ふむ……。照れている彼女はこんなにも可憐なのにな。帝国を思い、身を呈して悪役を演じる度量もある。彼女にも早く良い縁談が舞い込んで来るといいが……)


 そんな二人のやりとりを、美女十選のメンバーは生暖かい視線で眺めていた。特に第二位の令嬢メルメルは、うっとりと蕩けそうな目でランネイを見つめている。


「お姉様……。あのデコラさんを完全にコントロールしてる。しゅごい……」


 メルメルは次期皇帝の后候補筆頭である。

 次代のビアンケリア帝国を支えていくだろう女傑達は、男社会とはまた別の形でもって、こうして繋がりを深めて行くのであった。




 場もすっかり落ち着いたところで、ランネイはその場に残った自分以外の9人の顔を見る。


「さて……改めて、十選の皆には伝えておこう」


 ランネイが表情を引き締めると、途端に場の空気が冷え、皆の視線が集まる。


「私が捕まえた男、怪盗パンコレとされているロキは、まず間違いなくスケープゴート……身代わりだ。真の怪盗パンコレは別にいる」


 そんな発言に、皆の表情が驚愕に揺れる。

 しばし互いに目配せをしたあとで、口を開いたのはデコラだった。


「ロキは、怪盗パンコレではありませんの……?」

「あぁ、そうだ。怪盗パンコレは既にターゲットを変更し、現在は平民街でパンツを集め回っている。貴族街ほど被害状況を正確に把握できないのが痛いところだが……まず間違いないな」


 美女会議の前半でランネイがそれを話さなかったのにはいくつか理由があった。

 簡単に言えば、これ以上事件を長引かせるより、一度終わったことにして秘密裏に捜査を進めるほうがパンコレ逮捕に有利だと判断したのだ。貴族が狙われなくなった、という事情もある。


「そもそも怪盗パンコレとはどんな人物か、お前たちは考えたことがあるか?」


 ランネイは額を指で叩きながら、絞り出すように言葉を紡いでいく。


「夜中に女の寝所に忍び込み……パンツをこっそり盗んで回る……空前絶後のド変態、度し難い偏屈趣味、頭のネジが百個単位でぶっ飛んだコソ泥……というのが一般的なイメージだろうか」

「それは、間違っていないのでは?」

「私もはじめはそう考えていたよ。あの日、奴と拳を突き合わせるまではな」


 ランネイの脳裏には、アフロディーテ家の屋上で闘った時の彼の姿が鮮明に焼き付いていた。


 達人級(マスタークラス)の自分を前に、魔術の使えない圧倒的に不利な状況でも、決して諦めることなく立ち向かう姿。弛まぬ研鑽を積んだのだろう、丁寧で繊細な短剣の扱い。そして、初めにパンツを見せつけた際に、思わず目を逸らそうとしたコンマ数ミリ秒の彼の反応。


 そこにはパンツ泥棒などにしておくには惜しい、強さと誠実さがあるように感じられた。敵同士でなければ、あるいは――


「……凡そ、女の尊厳を踏みにじるような男ではないはずだ。真面目で一本気。どちらかといえば紳士と言っても良いだろう」

「つまり、変態紳士ということですわね」

「違う。デコラ嬢、それは違う」


 自信満々に胸を張るデコラへ、周囲の皆は揃って首を横に振る。


 会議室に微妙な空気が漂う中、次に口を開いたのはメルメルだった。


「お姉様。そんな殿方がどうしてパンツを?」

「さてな。いくつか仮説は立てられるが、断定はできない。もう一度奴に会って、じっくりと問い詰めたいところだ」

「そうですか。無事にお会いできるといいですね」


 メルメルが屈託なく笑うと、ランネイはなんだか照れくさいような妙な気持ちになり、思わずポリポリと頬を掻いた。


「さて……。奴は帝国の美女を狙っている。十選メンバーの中でも、まだパンツを奪われていない6名は気をつけた方がいいだろう。平民である3名は特に、近々狙われる可能性が高い」


 そう言って、3人の顔を順番に見た。

 貴族でこそないが、彼女らは帝都で開催された美女コンテストで優勝経験のある者たちである。いずれもその名に恥じぬ美しい女性たちであった。


「まず神官ニャウシカ殿。神殿の守りは?」

「ハイ。熱心な信者たちが守ってくれるデス」


 神官服を着た浅黒い肌の女性は、親指をグッと上げウィンクをする。彼女については、貴族とそう変わらない警備体制が敷かれているため大きな問題はないだろう。


 ランネイは静かに頷きを返し、その隣に目を向けた。


「オッカー商会のソルティ嬢。大丈夫か?」

「一応、お父様が鬼の形相で寝ずの番をしてます」

「ふむ。それだけでは不安だな……。別件の相談もある。後ほど個別に話をさせてくれ」


 お洒落な流行り服に身を包んだ少女は、ランネイに向けて静かに頭を下げた。おそらく彼女には、期間限定で女性騎士が貸し出されることになるのだろう。


 ランネイは残る一人に目を向ける。


「歌姫シローネ(・・・・)嬢。そなたは?」

「ご心配ありがとうございます。親衛隊の皆に、警備計画の練り直しを進言いたしますわ」


 そう言うと、ラフなドレスに身を包んだ歌姫は、栗色のポニーテールをふわりと揺らし、その顔に妖艶な笑みを浮かべて小さく頷いたのだった。


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