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暗殺者キリヤのパンツ集め  作者: まさかミケ猫
二章 探偵の逆襲
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次の戦略

 蒸し暑さの籠もった宿の一室。

 閉め切った窓の隙間から入ってくるのは、強い日差しと焼かれた空気、ジリジリと煩いセミの鳴き声であった。


 キリヤは流れる汗を拭いながら机に向かい、これから先の事を考えていた。

 12日間で集めたパンツは45枚。悪くないペースである。ただ、未回収の追加報酬(ボーナス)ターゲットが10名も残っており、決して余裕のある収集状況とは言えなかった。


(何より『怪盗パンコレ』が捕縛されたからな。やはり、動き方を変えるなら今か……)


 キリヤは練習用のパンツを手の平でこね回しながら、ふと身代わりになった男のことを考える。


 ランネイの手刀に付着させた血液は、シローネの部下に依頼し採取してきてもらったモノである。その際、採取対象には2つの条件をつけた。

 まず、警備情報を入手できる立場の男であること。そして、怪盗パンコレだと断定されても周囲が納得するような特殊嗜好、性犯罪歴の持ち主であることだ。


 ロキという男はその条件に見事にハマった。

 さらには、キリヤと同じく二本の短剣を用いて戦うことや、警備をサボって夜遊びを繰り返していたことから、怪盗パンコレの正体に仕立て上げるにはこれ以上ないほど最適な男であった。


「シローネには追加報酬(ボーナス)をやるべきか」

「それは嬉しいわ。大金貨でいいわよ」


 そんな声に振り返ると、案の定、部屋の入り口に立っていたのはシローネだった。


 彼女はいつもの黄色い眼鏡をクイッと上げながら、手に持った紙袋を床に置く。そのままベッドに腰を下ろし、黒タイツに包まれた足を組んだ。


「新しい練習用パンツ、置いておくわね」

「あぁ。そういえば、古いのはどうした」

「昨晩のうちに箱に詰めて怪盗パンコレの家に放り込んでおいたわ。ボロボロのパンツを見て、帝国側が何を思うのか楽しみね」


 そう言いながら、シローネは手のひらを上に向けクイックイッと指を曲げる。キリヤは小さく口の端を上げながら、懐から取り出した帝国小金貨を指で弾く。


 彼女は慣れた動作でそれを受け取ると、手の中で転がしながらキリヤを見返した。


「そういえば……。ねぇ、三本腕のキリヤ。前々から気になってたんだけれど」

「……ん?」

「あなたはそれほどの大金を集めて、一体何をするつもりなの?」


 その問いに、キリヤの思考が一瞬だけ止まる。

 思えばこれまで、自分の目的について――つまりは、死んだ友人と交わした約束について、誰かに話したことはなかったように思う。


「……まぁ、な……」


 キリヤは躊躇した。別に秘密にするようなことでもないのだが、なぜだか上手く言葉を紡ぐことが出来なかったのだ。


 頬を掻いて小さく眉をひそめる彼を見て、シローネは少しだけ目を丸くする。


「あら。貴方にも言い淀むことがあるのね」

「悪いな。どう話したものか……」

「別に良いわ。無理に聞きたいことでもないし。誰にだって言いたくないことの一つや二つあるわよ」


 彼女はそう話しながら金貨を布袋に仕舞い、二重底になっている鞄を開けて調査資料を取り出す。一枚ずつ確認しながら、それらを丁寧に重ねていく。


 その様子を見ながら、キリヤはふと問いかけてみたくなった。


「シローネはなぜ金が欲しいんだ……?」

「うーん……知りたい?」


 彼女は誘うような上目遣いでキリヤを見る。


「いや、やめておく。『知りたければ金を出せ』とでも言われそうだからな」

「ふふ。大正解」


 毎日顔を合わせるうちに、キリヤも彼女の性格をよく知るようになっていた。好きなことは金の収集。嫌いなことは金の支払い。絶対にあり得ないのは誰かに金を施すこと。


 実にわかり易く、面倒臭さがない。

 キリヤにとっては一緒にいて気楽な関係だ。


 もっとも、彼女が金を集めている理由までは分からなかった。見たところ、そこまで贅沢な生活をしているわけでもなさそうなので、かなりの額を溜め込んでいるとは思うが。


「それより仕事の話ね。これからどうするの?」

「あぁ。もちろんパンツ集めは続行だ」


 キリヤは天井を見上げ、少しだけ息を吐く。


「今夜からは平民街を狙う」

「そう。ターゲットを切り替えるのね」

「あぁ。貴族以外にも追加報酬(ボーナス)ターゲットはいるからな。ここからが第二段階といったところか」


 そう言って、壁にかかっているラバースーツを丁寧にチェックし始めた。




 すっかり日も暮れた頃。

 街外れの廃屋では、怪しげな格好をした集団が顔を寄せ合って何やら話をしていた。


 体形の分かりづらい紫色の外套。そして、頭をすっぽりと覆う同色の三角頭巾には、目のところにだけ穴が開いている。


「パンコレ様が捕まったらしい」

「それは本当か!?」

「お助けしなければ……」


 香の焚かれた廃屋内。

 ざわめく声は、全て女性のものだ。


 彼女らはパンコレ教団。

 先日発足したばかりの新興宗教組織であり、メンバーの数はまだ少ないものの、皆その身元を隠して熱心に活動している。


「――静まれぃ!」


 その場を一喝したのは、教祖の女性だ。

 皆と同じような三角頭巾姿であるが、一人だけ見分けのつくよう黄色い腕章をしている。その正体は誰にも分からない。


「ロキという男は私の遠縁の親戚だったが……おおよそパンコレ様とは相容れない思想を持つ、下衆な男であった」

「で、では……誤認逮捕であったと……?」

「探偵皇女に限ってその可能性は低いだろう。状況から言っても、実際にパンツ泥棒をしていた男はロキで間違いない」


 どういうことだ。

 混乱する教団員を前に、教祖は立ち上がり、両手を広げて胸を張る。


「ロキはパンコレ様に操られていた……ということだ。それが証拠に、きっとこれからも他の者がパンツを盗み続けるに違いない。パンコレ様のご意思が健在かどうかを見極めるのは、それを見届けてからでも遅くはない」


 廃屋の中に、先程とは違ったどよめきが広がる。

 そして、彼女らは何やら感動したように思い思いのポーズを取り、宙を見上げて祈りを捧げ始めた。


「パンコレ神のご加護を」

「パンコレ神のご加護を」

「パンコレ神のご加護を」

「パンコレ神のご加護を」


 蒸し釜の中にでもいるような熱帯夜。

 人の寄り付かない廃屋には、恍惚としたような女性たちの声が、いつまでも途切れず響き続けていた。


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