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暗殺者キリヤのパンツ集め  作者: まさかミケ猫
一章 新たなる依頼
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怪盗パンコレの最後

 それは、怪盗パンコレが捕まる前日のことだった。


 夕暮れの迫る薄暗いの帝都。貴族街にほど近い詰め所では、一人の男がこめかみに青筋を立て、部下たちに向かって叫び散らしていた。


「てめぇら……これだけ連日コケにされて、パンツ泥棒ごときをまだ捕まえられねぇのかッ!」


 そう言って、備品の兜を投げつける。

 彼の名はロキ。30歳を過ぎた騎士階級の男である。騎士隊長という肩書きと、ソニン子爵家の三男という身分、それに祖父譲りの甘いマスク。いわゆる「勝ち組」として人生を謳歌してきた男だ。


 ロキが隊長を務めるのは、帝国騎士団の中でも治安維持を目的とする部隊の一つだ。配下には3人の騎士と30人の兵士が在籍しているが、ここ数日は全員フル稼働で貴族街の見回りをしている。


「クソ無能共が、手ぇ抜いてんじゃねぇ! てめぇらがコソ泥を取り逃がすとなぁ、俺が上からドヤされんだよッ。気合い入れろやッ!」


 ロキは兵士の一人に近づき、胸ぐらを掴む。


「おい……!」

「は、はひ……」

「お前さぁ、確か新婚とか言ってたよなぁ。愛しの旦那様が毎晩留守じゃ、新妻もさぞ寂しい思いをしてんだろ」

「は、はぁ……」


 ロキはニヤリと口角を上げると、怪訝な顔をする若い兵士の耳元に口を寄せ、小声でボソリと呟く。周囲に聞こえないよう放たれたそれは、彼と妻の尊厳を踏みにじる下衆な一言であった。


 兵士の顔はみるみる赤く染まる。

 その震える握り拳から、血が滴り始めた。


 ロキは見た目の良い男で、若い頃から夜遊びが好きであった。その上、貴族の立場を利用して相手に言うことを聞かせる方法も心得ている。

 決して表沙汰にはならないが、彼が鬱憤晴らしに時折「平民遊び」を行うのは一部では有名な話であった。


「ククク……。冗談だよ、本気にすんなバーカ。だけどよ、今日も怪盗パンコレを捕まえられなかったら、どうなっちまうか分からねぇよなぁ。お前の新妻、なかなかの美人なんだろ? ククク……」


 挑発するようなロキの言葉に、その場の緊張感が高まる。


 怒りが限界に達した兵士は、その手を腰の剣に伸ばし――それを察知して、周囲の兵士が強引に彼を引き止めた。

 平民である彼がここで剣を抜いてしまえば、貴族であり隊長であるロキに斬り捨てられても何も文句は言えないのだ。


 ギリギリと歯を食いしばりながら、兵士は剣から手を離し、踵を返して詰め所を出ていく。


「ったく、止めんなよ。冷めるわー」


 そう言って、ロキもまた腰にある二本の短剣にかけていた両手を下ろした。


 双短剣のロキと言えば、武人としてそれなりに名のしれた存在である。彼が若くして隊長の座に上り詰めたのも、その素早い動きと器用な短剣捌きで相手を翻弄する戦い方が評判になったからだった。


 もっとも、最近はその腕前を振るう機会などほとんど無くなっていたのだが。


「とにかく、今夜こそ奴を捕まえろよ。いいな」


 そう言って、ロキは夜の警備を部下に託すと、華美な衣服に着替え、まだ営業を始めたばかりの繁華街へと繰り出して行った。




 いつもの飲み屋で安酒を傾けながら、ロキは苛立ちを募らせていた。


 20代の頃ならば、女など放っておいても寄ってきた。双短剣のロキを名乗れば黄色い声が飛び、毎夜違う女との駆け引きを楽しんだものだ。

 それがいつからだろう。声をかけても避けられることが増え、着いてくるのは明らかに金目当ての商売女ばかり。


「チッ……つまらねぇなぁ」

「どうしたロキ。シケた面しやがって」


 頭のハゲ上がった顔馴染みのマスターが、グラスを磨きながらロキに話しかけてくる。


「聞いてくれよマスター。上の指示で、夜間の巡回が厳しくなってよ。大変なんだ」

「ほぅ。だがお前さんは仕事を部下に丸投げして飲んでるだけだろう?」

「いいんだよ、俺は隊長だからな。だが……困っちまうのは、俺の趣味の方さ」

「あぁ。あの下手くそなナンパのことか? ……それともお前、まだあんな事続けてんのかよ」


 マスターが声のトーンを落とした、その時。

 店に入ってきたのは、見覚えのない女だった。


 大胆に結われたブロンドの髪に、胸元の大きく開いたドレス。プルンとした厚い唇が妙にセクシーな長身の美女だ。

 夜道を歩いていたら、強引にでも手篭めにしていただろう。そのくらい、ロキにとっては好みど真ん中の女性である。


「お兄さん、隣で飲んでもいいかしら?」


 彼女は髪をかきあげながら、隣の席へと座る。

 ロキは柄にもなくドキドキしながら笑顔で彼女を迎え入れ――


 ハッキリと記憶があるのは、そのあたりまでだった。




 そして気がつくと、連れ込み宿の一室で朝を迎えていた。


「痛っ……なんだこれ……血?」


 いつの間に怪我をしたのだろう、腕には包帯がグルグルと巻かれており、多量の血が滲んていた。全く身に覚えがない。


 よく分からない状況に彼が困惑していると、部屋の扉の外から何やら話し声が聞こえてくる。


『本当に怪盗パンコレがここにいるんだな!?』

『はい。ランネイ様の入手した奴の血液。それが示す潜伏場所はここです』

『よし。突入用意……!』


 唐突に響く物騒な声。

 ロキはわけが分からないなりに慌てて身支度を整え、窓から逃げようとするが……なぜか開かない。焦っている間にその時は来た。


 爆音とともに扉が壊される。

 殺気立った騎士たちがなだれ込んで来る。


「いたぞ! 怪盗パンコレた!」

「こいつ……双短剣のロキ! そうか、こいつなら警備情報を知り、裏をかくことも可能……!」

「皇女殿下と戦ったのも双短剣使いだったはずだ」

「部下たちの話では、警備中もこやつだけ姿がなかったと聞いている」

「強姦魔との噂もあったが……納得だよ」


 あっという間に床に押し付けられたロキは、弁明する間もないまま猿轡を噛まされ、手枷をかけられてその場から連れ出されて行った。


 帝国を騒がせた怪盗パンコレは、こうしてあっけなく捕縛されたのだった。


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