905.ゲンロクの屋敷
※加筆修正を行いました。
ソフィが里に張られている結界に意識を向けていると、その里の中を歩いてこちらへ向かってくる者達に気づいた。先程の男たちも変わらず居たが、その先頭を歩く男はここに来て初めて見る男だった。
「ヒュウガ……」
エイジが先頭を歩いてくる眼鏡を掛けた男を見て静かにそう呟いた。ちらりと眼鏡を掛けた男も、エイジを一瞥すると口を開いた。
「お待たせしました。私はこの里を治めるゲンロク様の御座す屋敷の執務長を務める『ヒュウガ・アキサメ』という者です。あなた方を屋敷へお連れするように仰せ遣っておりますので、どうぞお入りください」
そう言ってヒュウガと名乗る男は里の入り口の結界をあっさりと解いて見せる。
「急にすまないな、ヒュウガ」
エイジがヒュウガという眼鏡を掛けた執事の恰好をした男に口を開くと、男はニコリと微笑みをエイジに向けた。
「久しぶりですね、エイジ殿。何やら大事な用事があるようですし、ひとまずは中へどうぞ」
そう言ってヒュウガは軽くエイジ達に一礼すると、中へ入るように促すのだった。
「うむ、すまないな」
そしてソフィ達が里の中へ入るのを確認すると、ヒュウガは顔をあげてソフィ達を先導するように歩き始めた。
年の頃は初老を迎えたくらいだろうか。執事の服を着た眼鏡が印象的なヒュウガという男は、どこかレルバノンを連想するような人間だった。
物腰の柔らかさや歩くときの堂々とした姿勢だろうか。そんな事を考えながらソフィは、彼の後をついていく。
ソフィの後にヌーとテアが続く。ヌーは何も言葉を発しはせずにいるが、何処か落ち着かなさそうに歩いているようで、そんなヌーを横に居るテアは頻りに気にしていた。
テアはヌーに声を掛けるような真似はしなかったが、いつでもヌーを庇えるように後ろに居る人間達に気づかれない程に、静かにそっと魔力を体に纏い始めていた。
どうやらテアは今のヌーのおかしな様子の理由に、背後に居る赤い狩衣を着た人間や、先頭を歩くヒュウガとかいう人間が原因だろうと思っているようである。
今すぐに戦闘態勢に入るようなそんな空気ではなかったが、テアは人間や魔族とは違い神格を持つれっきとした神であり、世界の空気の機微には非常に聡い。
彼ら人間がヌーやソフィ達を歓迎している様子ではない事は、言葉が通じない死神のテアにも直ぐに分かった。そして先頭を歩いている男はもとより、背後に居る人間達も侮れる人間ではない事を理解している。
自分が死神である以上は、人間程度に消滅させられる事はないだろうが、魔族であるヌーはそんなわけにはいかない。
魔族には『代替身体』という技法が存在している事は、当然テアにも分かっているが『代替身体』から今の状態にまで回復させるには相当の長い年月がかかる。
テアは本来非常にクールな性格をしている死神で、同じ死神の中でも他者に対しては酷く冷たいと評判であった。
そんな彼女だったが、自分でも気づかない内にヌーの事を気に入り始めている。
彼が殺されでもして『代替身体』に、魂を移動させなければならなくなったならば、ヌーは非常に辛く悲しい気持ちを抱くだろう。
（こいつは私が久しぶりに気に入った野郎だ。何かあったら守ってやらねぇとな）
瞬時に大鎌を具現化させてヌーを守れるように神経を尖らせながら『魔力』を身体中に巡らせながら前を向いて歩くテアであった。
そして里の中にある屋敷の扉の前で立ち止まったヒュウガは、ゆっくりと屋敷の扉に手をかけて開いた。
中は屋敷というだけあってそれなりに広い造りだったが、煌びやかな感じは全くなく、派手な装飾品等も飾られてはいない。単に広いだけの質素な家といった印象を受けるソフィだった。
そんな事を考えているソフィを知ってか知らずか、少しだけソフィの表情を窺うように視線を向けてきたが、ヒュウガはやがて前を向いて歩き始めた。
そして少し歩いた廊下の先の一室の扉の前でヒュウガは立ち止まると、ゆっくりと振り返った。
「さぁ、どうぞお入りください。ゲンロク様が中でお待ちです」
そういってヒュウガは笑みを浮かべながら、ゆっくりと扉を開け放つのだった。
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