899.失意の底の決断
※加筆修正を行いました。
イバキを抱えたまま『劉鷺』は遂に森を抜けて、そのまま町へは戻らずに北へ更に北へと空の上を駆け抜けていく。
イバキは劉鷺の腕の中で空の景色を見ながら口を開く。
「なぁ、劉鷺。何となく察しはついているが、やはりスーは死んだのか?」
イバキの言葉を耳で聞きながら、視線を周囲に張り巡らせる。
先程の連中が『式』で空を飛べる妖魔を使役して、こちらに追手を差し向けてこないかを警戒しているのであった。
「あの男のおかげで主殿を救えたんだ。彼は既に立ち上がれる筈がない程に傷ついていながら、取り囲まれた私を加勢をして救い、視線で主殿を頼むと告げてきた」
「そうか……」
イバキは相棒の最後の様子を劉鷺に聞かされて、涙ぐみながら友の最後を惜しむのだった。
「主殿、私を『ケイノト』へ伝令に出した後、何かあったんだろう?」
落ち込んでいるときに、さらに落ち込ませるような話をすることを彼は躊躇ったのだが、逆に今しか聞く機会はないと判断したらしい。
少し辛そうにしながらも劉鷺は、自分の主に話を聞こうとそう問いかけた。
「『劉鷺』。俺はね……」
少しの間があったが、ようやく顔をあげながら劉鷺に向けて口を開いた。
「『退魔組』に居る退魔士達は、背中を預けられる同志だとずっと思っていたんだけど、どうやらそれは俺の勘違いだったみたいだ……」
声に失望の色が混じっているのを劉鷺は感じ取る。きっと森に居た連中と戦う事になった時に、一緒に戦ってくれると思っていた人間達は、主の信頼を裏切るような行動をとったのだろう。
これ程落ち込んでいる主をこれまであまり見る事がなかった劉鷺は、それくらいの出来事があったのだろうと想像するのだった。
「そうか……。無理に話をさせて悪かったよ主殿」
イバキが口にした言葉の数は少なかったが、落ち込んでいると感じていた内容の全貌は理解できた。
これ以上無理にこの話を広げる必要はないと劉鷺はそう考えるのだった。
そして劉鷺は『退魔組』の事務所から出る頃に考えていた事を口にするのだった。
「なぁ、主殿……。こんな時に辛い決断を迫るようで悪いんだが『退魔組』を抜けて、私と一緒に当分の間『妖魔山』で身を隠さないか?」
「『妖魔山』に? そういえば先程から『ケイノト』の町からどんどんと離れて行っているなとは思っていたが、そういうつもりだったのか」
「主殿が妖魔を討伐する事を生業とする退魔士な事は承知しているが、私たち妖魔にも今の退魔士達を襲う理由があるのだ」
劉鷺が何を言いたいのかは『イバキ』は理解出来ている。昔と違い今の妖魔達は理由がなく人を襲っているわけではない。
退魔組の更に上の者達『妖魔召士』達の定例会で、この事もよく話し合われているらしく、サテツの頭領もいつも会議の終わりには苛立ちをよく見せていた。
今、妖魔達がひっきりなしに退魔士を襲っているのは、退魔組の『妖魔退魔士』達に、 『式』にされた同胞達を救う為だという事は上の者達からよく聞かされていた。
『ゲンロク』が編み出した新術式によって、大勢の妖魔達を強制的に従わせた事で『ノックス』の世界の妖魔達は、昔とは比べ物にならない程に人間を憎み、そして無理矢理従わせられている同胞達を救う為に、ケイノトの町に本部があった『ゲンロク』の作った『退魔組』の退魔士達を中心に襲っている。
先の『妖魔団の乱』もまた、ゲンロク達『妖魔召士』を襲撃する目的だと言われていた。
「当然私たち妖魔の中にも正当な理由などなく、人間達を襲って居る者もいるが……、全員が全員そう言う者達ではないという事は分かって欲しい」
「……」
イバキは劉鷺の言葉に耳を傾けながら、自分達の家族の事を思い出し始める。
彼がまだ『退魔組』に入る前『ケイノト』の町で家族と暮らしていた。そんな折、妖魔達の襲撃によって町は襲われて自分の妹と両親は妖魔達に殺されてしまった。
――顔に火傷の跡がある人型の『鬼人』が、家族たちを殺めた妖魔であった。
この妖魔はまだ捕まっておらず、誰も討伐は出来ていない事は調べがついている。イバキは町の者達にこれ以上自分と同じような目に合わせたくないという理由で『退魔組』に入って退魔士となったが、その他にも顔に火傷跡のある妖魔を見つけ出して、家族の敵を討ちたいという願いも持っていたのである。
「俺は退魔士なんだぞ? そんな俺が妖魔山に行けば、劉鷺。君も困るんじゃないのかい?」
「無論。退魔士を憎む者達も多いが、話せばわかる奴もいる。当分はそんな者達の中で、暮らせばいい。今、主殿が『退魔組』に戻ることは勧められない……」
当然『妖魔山』に向かえば、退魔士である人間のイバキは歓迎されないだろう。しかしまだ妖魔の自分が常にイバキの元にいて、事情を話せば何とかなると劉鷺は思っている。
――それこそ『退魔組』に今のまま主を連れ戻すくらいなら、まだ妖魔の山のほうがずっといい。
森に向かう前に向かった『退魔組』の事務所で『サテツ』の様子を思い出しながら、劉鷺はそう判断するのだった。
「ははっ、今は確かに『退魔組』には戻りたくないかも」
イバキはまだ同志だと思っていた者達の事を思い出して『退魔組』には戻りたくないとそう考えるのだった。
「よし。だったら決まりだな。ひとまず山にある我々の縄張りに向かうが、それでいいな主殿?」
最後に確認をとる劉鷺に、イバキはコクリと頷くのだった。
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