897.仕える主
※加筆修正を行いました。
「なんだい?」
劉鷺がイバキに頼み事があると告げると、抱き抱えられながらイバキは何かを察したような表情を浮かべながらもその続きの言葉を促す。
「主殿には『解放の行』を使ってもらいたい」
その言葉にイバキは少しだけ驚きを見せるのだった。
劉鷺が頼み事があると言われた時、イバキは『行』を使って欲しいと言われると予想はしていた。
しかしそれは『解放の行』ではなく、あくまで『縛呪の行』の方だと思っていたのである。
「『縛呪の行』ではないのか?」
『縛呪の行』を使えば、今のランク『3』の下位に位置する劉鷺が、一時的にランク『4』の下位~中位程の強さになる事が出来る。
確かにこのまま逃げていても、後ろの追手二人に追いつかれる事は分かる。しかしだからこそ、イバキは劉鷺が『縛呪の行』を使ってくれと、そう言うだろうと思っていたのである。
しかし実際に言われたのは、彼との『式』の契約を解消する『解放の行』であった。
「そうか……。君も俺から離れてしまうんだね」
何やら諦めるような表情を浮かべながら、イバキはそう口にするのだった。
イバキがそんな顔をする理由を最初分からない劉鷺だったが、直ぐに『式』を解放するという本質に思い当たり、慌てて弁明を始める。
「ち、違うぞ主殿! 主殿の『式』をやめるつもりはない! この私が主殿から離れる時は、死が訪れた時だ」
どうやら今の主殿は普段とは違う精神の弱さが見受けられる。それは先程の戦闘が原因なのか、それとも再会するまでに何か別の要因があったのか。
何があったのかは分からないが、今しっかりと説明をしなければ、腕の中に居る主殿はとんでもない勘違いをしたまま、更に弱り切ってしまうと考えた劉鷺は必死に弁明をするのだった。
「そうか……」
ちゃんと劉鷺の言いたい事が伝わったのか、その意気消沈といった表情を浮かべているイバキからは判断がつきにくい。
しかし今は追われている最中である為、ひとまずは説明を優先しなければと劉鷺は頭を切り替える。
「『縛呪の行』では私の理性が奪われてしまい、そうなれば咄嗟の判断で主殿を守れなくなってしまう。だからこそ一時的に主殿の『式』になる前の本来の私に戻っておきたい」
「成程ね。だけど劉鷺、俺は君と『式』契約をした時も君の『ランク』を変える程の力の制限をしたつもりはないよ?」
イバキの『式』となる前の劉鷺もランク『3』であり、今の劉鷺もランク『3』のままの強さである。
確かに『式』となる前の方が少しだけ劉鷺の力は強かったが、それでも微々たる差でしかない。
精々が変わったとしても、ランク『3』の下位からランク『3』の上位程でしかない。
しかしイバキから見ればそれくらいの差と言えるかもしれないが、本人である『劉鷺』からすれば、その微々たる差がかなりの差なのであった。
追手二人と戦うというのが前提であれば、確かに『式』を解除したところで結果は変わらないだろう。
――だが、イバキを連れて逃げるという事になれば、大きな差が生まれると劉鷺は断言が出来るのだった。
「どうやら君には何か考えがあるみたいだね。分かったよ劉鷺、今俺が生きているのは君のお陰だからね。君に従おう」
自分の『式』として従わせている妖魔に対して、尊重するような言葉を口にするイバキに、改めてこの人間の男を主に選んでよかったと、劉鷺は心からそう思うのだった。
…………
その頃『劉鷺』によってイバキを連れ出されてしまったイダラマは、その離れて行く妖魔と追っていく自分の護衛達の後姿を眺めていた。
「やれやれ。それにしても速いな。あの鳥の羽が生えた妖魔も速いが、アコウやウガマ達も大したものだと思わないか? 麒麟児よ」
「あれだけ追手が面倒だと言っていた癖に、えらく余裕があるじゃないかイダラマ」
まんまと逃げられたというのに、悠長にそんな事を自分に告げて来るイダラマに、どういうつもりなのだろうかと考えるエヴィだった。
「ああ、もう追手を気にする必要がなくなったからな」
「どう言う事だ?」
エヴィは訝し気に眉を寄せる。
「先程奴らが言っていただろう? 『加護の森』に二人組の妖魔が現れたと」
「ああ」
「『加護の森』にイバキのような『特別退魔士』を含めた討伐隊を向けているという事は、今『ゲンロク』は俺達に追手を差し向けている余裕はない」
先にこの森に現れた人間や、イバキの言っていた通り『退魔組』は確かにイダラマを追う事よりもその二人組の妖魔とやらを優先している。確かにイダラマの言葉は、一理あると判断するエヴィだった。
「だったら、何故アイツラを追わせたんだ?」
「別に。単なる余興だが?」
そう告げたイダラマの顔を見たエヴィは、本心でそう言っているのだと理解するのだった。
「君もいい性格をしているよ。イダラマ」
「よく言われる」
そう言ってもう話は終わりだと言わんばかりに、イダラマは洞穴の方へと歩み始めて行くのだった。
……
……
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