850.悪と善、聖と邪
※加筆修正を行いました。
目の前のエイジという男が『退魔組』の創設者である『ゲンロク』という男に、強い恨みを抱いているのだろうという事が分かったソフィだが、この世界の『妖魔召士』の関係性についてなどはあまり理解していない。
まだ全貌をきかされたわけではなく、あくまでエイジからは『退魔組』が少し前からこのケイノトの町を仕切り始めたという事くらいである。
しかしソフィは『動忍鬼』から話のあらましを教えられて『妖魔召士』という者達が、昔に比べてろくでもない者達だという風に聞かされている。
だがこのエイジという目の前の『妖魔召士』と話をしていく内に『退魔組』のお抱えの『退魔士』の『タクシン』や『ミカゲ』といった者達とは、どうやら少し違うようにソフィは感じられるのだった。
もう少し詳しく話を聞こうとしたソフィだったが、そこに先程エイジに言われてお茶を淹れにいった少年が人数分のお茶をお盆にのせて姿を見せるのだった。
「どうぞ。熱いので気をつけて」
そう言って御盆を畳の上に置いて少年も畳の上に座る。どうやらこの世界の一般的な家庭では、食卓のようなものはなく、こうして盆を真ん中に置いてそれを囲むようである。
ソフィは少年に礼を言って茶を手に取ると、ヌーやテアもソフィに倣って順繰りに茶を飲む。
エイジはしっかりと人数分のお茶を淹れてきた少年の頭に手を置き、よく出来たとばかりに頭を撫でていた。その様子を横目にソフィは、手に取ったお茶を飲み干すのだった。
「今度はこちらも話を聞かせてもらいたいのだが、何故お主はサイヨウ様の事を知っているのだ?」
ソフィ達が一息をついたタイミングで、今度はエイジが口を開いた。もう少し『退魔組』の話を聞いておきたかったソフィだが、先程約束した通りにまずはサイヨウの事を話し始めるのだった。
「お主の言うサイヨウと我の知っておるサイヨウが、全くの別人という可能性も否定は出来ぬが、それでも構わぬか?」
「うむ、別人であっても良い。お主らの言う『サイヨウ』という人物の事を小生に教えてくれ」
ゲンロクや退魔組の話をしているとき以上に、感情を抑えながらエイジはソフィに話を聞こうとするのだった。
「分かった。まずサイヨウと初めて出会ったのは半年以上前の事。その時はサイヨウは自らの事を山伏と呼んでおった」
ソフィは過去の『トータル』山脈で、初めてサイヨウと出会った時の事を思い起こしながら話を始めた。
「その時は我と敵対しておったとある組織の者達が、我の居ぬ間を狙って我の大事な仲間を襲ってきたようだったが、そのサイヨウという男が我のその仲間を守ってくれたのだ」
エイジはソフィの話にしっかりと耳を傾けながら、自分の知っている師であれば同じ行動をとるであろうと考える。
「その時に話す機会があってサイヨウと話をしたのだが、この世には『善』と『悪』というものがあり、種族に拘わらず生を受けた者は『善の心』を持ってこの世に生まれて来るとあやつは言っておった」
(それは『妖魔召士』としての心得だ。やはり彼の言うサイヨウは師で間違いなさそうだ)
「あやつはこうも言っておった『邪』とは単なる『悪』とは違い、明確な『悪意』を宿して他者に牙を剥く『邪』とは正の反対と言われているが『善』とは『悪』と対になるだろうが『邪』とは『聖』と対なのだと」
「『邪』と呼ばれる者はその『聖』の行いをしてこなかった者が、次の生で『邪』として存在し『邪』を持つ者は『邪』を持つ者に惹かれ合い『悪意』を宿して『善なる者』へ牙を剥く」
エイジはこの時点でソフィの言うサイヨウが、自分の師と同一人物だと確信を持つのだった。
ソフィが今告げた前半部分のセリフは『妖魔召士』としての心得であるが、その心得全てをサイヨウは認めておらず、彼の師であるサイヨウの教えは悪は悪い事ではなく、善なる行いを守る為に強いる行動の為に、悪の行いをせざるを得ない場合があるのだとエイジもまた、サイヨウから耳にタコが出来る程に教えられた。
善の行いの為の悪であり、この世を生きる以上悪は必ず存在し、皆その善の気持ちを抱いて、この世の生を受けながらにして悪へと染まっていく。
――悪は善を行う為の手段であり悪い事では無い。本当に悪いものは悪では無く『邪』なのである。
そしてその邪と対になる聖は前世に多くの善い行いをして、徳と呼ばれる貯え続けた結果の事であり、次なる生への善へと繋がっている。
この教えは妖魔にだけではなく、人間に蔓延る邪な心にも関係性があり『妖魔召士』となる者は、この悪意ある邪心を取り除く為に全霊を以って注力し、悪しき者を善なる者へと変える努力を行わなければならない。
全ては次なる生への善の為の行いなのである。
今の多くの『妖魔召士』は、この教えを完全に忘れてしまっているのである。ソフィの口からサイヨウの提唱していた『善と悪』『邪と聖』の説法を聞き、今この場に居ない『サイヨウ』の教えを再び思い起こされる『エイジ』であった。
「我はこの話をあやつから聞いたときに、我はサイヨウから見てどう見えるかと聞いたのだがな」
サイヨウの教えを思い出して浸っていたエイジは、ソフィの言葉に耳を傾ける。
「『お主のような正しい行いをする聖なる者が、不幸になる事を小生は認めぬ。必ずやお主は報われる小生が保証しよう』。あやつは我にこう言ってくれたのだ。あやつと同じ人間では無い、この魔族の我にな!」
エイジは自分の事を人間ではない魔族と言ったソフィに、少しだけ驚く素振りを見せたがすぐに笑みに変えた。
「ふふっ。師らしい言葉だ。それにその師がそう仰られたのであれば、お主は『聖なる者』なのだろう。そうであるならば、小生もまたお主を信用する事としよう」
この時にソフィはエイジという人間からのソフィを見る視線が、温かい物に変わった事に気づくのであった。
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