791.速度違い
※加筆修正を行いました。
ソフィの嬉しそうな顔を見たユファは、自分もまた嬉しくなっていた。何故ならラルフは自分が、手塩にかけて育ててきた弟子なのである。自分の主であるソフィに『貴方の配下はここまで優秀なのです』と、こうして自分の目で見て分かって欲しいと考えていたのだった。
ユファは口で伝えずとも凶悪な笑みを浮かべながら、外に漏れ出る魔力を抑えて喜んでいる主の姿を見て感無量という感じで打ち震える。
(後はラルフ、貴方の戦い方をソフィ様に見せなさい!)
成長を示すには戦力値の上昇だけでは物足りない。あくまで数値は数値でしかないからである。
――大事なのは『対戦相手』の居る状況でその数値に相応しい戦い方が出来るか。
ソフィの形態変化を感じてラルフと朱火はソフィの方へと視線を向ける事はあったが、今は再び対戦相手である相手に意識を戻している。
「それでは準備はよいな? 始めるのだ!」
そして遂にサイヨウの戦闘開始の合図と共に二人は動くのだった。
ラルフは既に試合開始前から『レパート』の世界の『理』を用いて、一つの魔法を脳内に描き準備をしていた。
サイヨウの開始合図の声と共に狐の妖魔である朱火は、ラルフに向けて右手に突き出す。
朱火の右手に迸る程の魔力が集約し始めるのを感じ取ったラルフは、用意していた一つの魔法『妖精の施翼』を自分に無詠唱で発動させる。
『レパート』の世界の『理』は、他世界に比べて発動に関しては一番疾い。
『アレルバレル』の世界の『理』では、魔力回路に魔力を灯した後、自身の周囲に供給した魔力を空気に交わらせて魔法発動までの道筋を作る。
自身の魔力を魔法発動の潤滑油として扱い、周囲の空気と混ぜ合わせた後に全身に魔力を行き渡らせて、最後に使う魔法をイメージする。
それに比べて『レパート』の世界の『理』は、魔力を全身に行き渡らせずに先に頭に使う魔法を思い浮かべる。
頭にイメージした魔法を具現化させる為、魔力回路から魔力を少しずつ開放し、自らの使う魔法のイメージを詠唱に乗せながら全身に魔力を行き渡らせる。その魔法発動の準備が整った後にようやく発動と相成るのだが、この『アレルバレル』の世界の『理』よりも早い『レパート』の世界の『理』の上に『無詠唱』で魔法発動を行う事を可能としているラルフは更に早い。
今のラルフは脳内で明確に自身に『妖精の施翼』を使う事を描きながら、魔力を瞬時に全身に行き渡らせる過程を省き、使おうと思った瞬間には即発動を可能とする程の速度である。
更に使う魔法は自身の行動を早める事の出来る神聖魔法である。この神聖魔法は、かの大賢者エルシスが編み出した魔法であり『妖精の施翼』を突き詰めて行けば、超越魔法にある『誘致促進』のように、自身の行動に加えて思考速度を速める事も可能となる。
この魔法はエルシスが生み出した物であり『アレルバレル』の世界の『理』が祖だが、この魔法を『レパート』の世界の『理』で使う事を可能とするラルフは、他の魔法を覚える事が出来れば、さらに速度を高める事を可能とするだろう。
ラルフの魔力自体は朱火とは雲泥の差があるが、その分魔法や『理』で補う事で魔法効果と速度に関してはラルフに軍配が上がる。
その結果、朱火が右手に集約させた魔力が魔法へと形作る前に、既に朱火の間合いに瞬時に入る事を可能とするのである。
「何!?」
まるでラルフの速度は『縮地』を越えて瞬間移動と呼べる程の速度領域。
かなりの距離がありそれを計算しながら何かを発動させようとしていた朱火だが、突如目の前に対象の存在が現れた事で朱火は、やろうとしていた一連の行動を全てキャンセルせざるを得なくなった。
朱火もまた行動に出るまでの思考速度は並ではない。
驚きを見せた朱火だが、冷静にラルフの攻撃に対応しようと行動を開始する。
戦闘経験も豊富である朱火は、この距離で相手がする行動に対し、目測、予測、経験則で対応をしようとする。
単純に拳で殴ろうとしたり、蹴ろうとしてきていたならば、朱火はカウンターでラルフの思惑を阻止し、効果的な反撃をする事が出来ただろう。
だが、一つ誤算だったのは朱火の前に居る人間は、人を殺す事に特化した、化け物であったことだった。
恐ろしい速度域の中だが、互いに視線を交差させる。ラルフの右手が動くのを見た朱火。
自分の顔を横からフック気味に殴ろうとしているのを予見した朱火は、それを左手でガッチリとガードし、返しの右足でラルフの横腹を蹴り飛ばそうと考えた。左手を顔の横に持っていった朱火だが、いつまでも相手の右手が迫って来る気配がない。
何だ? と視線をラルフの顔を向けたが、そこで自分がフェイントに引っ掛けられた事を悟る。顔を殴ろうとしていたラルフの右手がぴたりと止まり、目の前で思いきり腰を回転させながら左手をがら空きの顎に滑り込ませてきたのである。
ラルフの左手から放たれた掌底は、腰を捻りながらの反動を利用して下斜めから掬い上げるような形で放たれる。仕方なく朱火はカウンターで、蹴り上げようとしていた脚を使いそのまま相手の掌底を防ごうと足をあげる。
「うぐっ!?」
相手の攻撃を止めたと物と思い、次の行動を考えていた朱火だが、そこで自分の左手の人差し指に激痛が入り、全ての思考がシャットアウトさせられた。
何が起きたのか分からない朱火は、痛みの原因である自分の左手をみやる。そこではラルフが止めていた右手五本指で、自分の人差し指を逆向きに捻りおっていたのである。
その光景を視界に入れた事で朱火は体を硬直させてしまい、一秒程のロスを生み出してしまった。たかが一秒だが、人を殺す為に壊す事に生涯を費やしてきた殺し屋の前では、そのたかが一秒が、致命的な一秒となる。
更にラルフは『妖精の施翼』の魔法によって、行動力も思考速度も桁違いに上がっている。ラルフの体感的にはその一秒が、二秒、三秒にも感じられていた。
つまりラルフの行動選択肢が一つから二つ、二つから三つへと、思考速度の上昇も相まって、増やされていってしまった。
朱火の意識があったのは左手指に激痛が入り、ラルフが恐ろしく冷酷で冷静な視線を自分に向けて来るところまでだった。
何が何だか分からない間に朱火は、至るところに痛みを感じながら最後はその意識を手放す事となった。
『妖狐』の妖魔である朱火が目を覚ました時、既に勝敗は決しており、ユファと呼ばれていた女性が、自分に治癒を施しているところであった。
「動かないで頂戴ね。今のアンタ鳩尾やら顎が大変な状態だから……」
ユファは朱火の意識が戻った事に気づき、そう言ってきた。
「あぐぇっ、あががっ、いっぐぇ……」
顎が粉砕されているせいなのか、まともに聞き取る事が出来ない。地面に横になった状態で朱火は、自分が負けた事を理解し溜息を吐きながら、空を仰ぎながら聞き取れない何かを呟くのだった。
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