774.ライバル
※加筆修正を行いました。
ぱちぱちと音を立てる焚火を挟み、リディアとラルフは互いに焚火の火を見る。
煌々と焚火の灯りが一面を照らし、廃墟の中で一定の温もりを与えてくれている。先程まではラルフが考察を続けていたが、今は無言で火を見つめていた。
「感謝しておいてやる」
そんな中で風の音でかき消される程の小さな声でリディアはそう呟いた。普通の人間であれば、今のリディアの呟きは聞こえなかったかもしれない。そんな小声ではあるが、殺し屋として長年その身を置き続けてきた上に『ユファ』という師に鍛えられた今のラルフの聴覚で聞き逃す事はあり得なかった。
「感謝、ですか? 私はとくには何もしていませんが」
「ふん。単にお前と話をしていて、もう一度アイツと戦ってみようと思えたからだ。お前が居なければ俺は終わっていただろうからな」
「……」
突然のリディアの言葉に表面上は冷静さを装っていたが、内心ではラルフはとても驚いていた。
(あのリディアが私に……いや、他人に感謝を言葉に出したですって? これは信じられませんね)
「貴方、本当にリディアなのですか?」
「煩い、もういい。俺は少し剣を振るってくる。お前もアイツの式神とやらで躓かない事だな。せっかく強くなれる道筋を見つけられたんだ。好機は大切にしておけ」
そう言ってリディアは立ち上がったかと思うと、廃墟の建物の上を凄い速度で移動していった。残されたラルフは何かを思案していたが、ふっと笑いながら独り言つ。
「全く、しっかりしてくださいよ。私が貴方を倒す前に、勝手に壊れてもらっては困るんですからね」
弱りかけた焚火の火を見て、慌ててラルフは枝を火にくべるのであった。
…………
リディアとラルフに気配を悟られずに陰で様子を見ていたエルシスとユファは、互いの弟子の成長を目の当たりにして笑い合う。
(どうやら何も心配はいらなかったようだね)
(そうね。あの子もラルフも決して弱い子じゃないという事よ)
『念話』で互いに会話を交わしながら、こちらも笑顔で頷き合う二人だった。
……
……
……
「ふーむ……。まだお主と戦わせるのは早すぎたかもしれぬな『紅羽』」
誰も居なくなったレイズ城の中庭で、再び『式』である鬼女を呼び出してそう告げるサイヨウであった。
「あの人間には才覚はあるといえる。よく分からぬ『金色』の湯気みたいなのを纏っている時の力も申し分はなし」
『紅羽』と呼ばれた鬼女は、名刀『翠虎明保能』を背中から抜き、目にも止まらぬ速さでその刀を横凪ぎに振る。そして再び背の鞘に戻したと同時に、サイヨウの『結界』にぴしっという亀裂が入る。
「ほう? 珍しいな、お主もあの者に才があると認めるか?」
「はっ! だが剣圧が無さすぎる。剣筋が未熟。研鑽が足りぬ! 脆弱。貧弱。つまり凡という事だ!」
サイヨウに揶揄われたのが煩わしかったのか、紅羽と呼ばれた鬼女はリディアを批評するのだった。
「ふふ。落ち着け『紅羽』。小生が悪かった、また相手をしてやってくれ。あやつは今後必ずお主を満足させられる奴よ」
「ふん。戦って欲しいなら勝手に命令しなさい。われの生殺与奪の権利は、サイヨウ殿にあるのだからな」
そう言って紅羽は、一枚の札に戻って消えるのだった。
「ようやく主にここまで徳を積ませたのだ。小生がお主も救ってみせようぞ『紅羽』よ」
シャンシャンと金剛状を振りながらサイヨウは、札を拾い上げて懐に入れるのだった。
「しかしこの世界もまた広いものだ。小生の世界には居らぬ珍しい種族が強い力を有しておる。だが、少々この世界の人間達にはちと不安が残るな」
サイヨウは長くミールガルド大陸の山脈を回っていたが、ヴェルマー大陸に居を構えてからは、この世界での彼の常識が大きく変わった。
ミールガルド大陸の魔物や人間がこの世界の平均戦力と考えていたが、ソフィやソフィと戦ったミラ、そしてこの国の女王であるシスといった魔族を見た後では、ミールガルド大陸の人間達は『紅羽』の言葉では無いが、脆弱と呼ぶに値する。
『悪』に染まった者や『邪』と呼ばれる存在が群れを為して襲う事があれば、簡単に種は途絶えてしまう事だろう。
弱肉強食が世の常ではあるが、サイヨウは同じ人間として、何とかしてやりたいと考えていた。今回のラルフやリディアの一件は、そんなサイヨウにとっていい機会と考えるのであった。
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