2270.友情の握手
ヌーは茫然自失といった様子で庭の縁側に直立不動で立ち続ける。
これまで他者の感情など気にも留めずに好き勝手に暴れていたヌーである為、自業自得と言ってしまえばそれまでなのだが、彼自身もそういった道を自ら選んで進んできたわけではなく、彼の取り巻く環境が酷いものだった事が過分に影響して現在の彼の性質を成り立たせてしまった事は否めなかった。
「……今のお主がどういう気持ちなのかをある程度は理解出来るが、それでもフルーフとの一戦の事に関してだけは我は口を挟むつもりはない。冷たく聴こえるかもしれぬが、我はフルーフとレアの双方の感情も理解が出来るのでな」
「ああ。俺もそんなつもりでお前を呼び出したわけじゃねぇんだ。それにしても他者に対しての後悔か。お前に言われてこの苛立ちの正体がしっくり来た。今更どうにもならねぇし、許してもらおうとも考えちゃいねぇがよ、もし生き残れたその時は……」
最後まで言い切ることはしなかったが、どうやら彼の中で何かを決心した様子だった。
ソフィはヌーの決心したものが何なのかを直ぐに察したが、わざわざ訊ねるような野暮な事はしなかった。
「……我はな、ノックスの世界に居る時からお主が少しずつ変わっていく様子を近くで見てきた。最初は信じられないと驚いたものだが、少しずつお主の変わりように慣れてきて、アレルバレルの世界に戻る頃には疑いすら持たずに信頼を抱く程にまでなっていた。だからこそ、お主の苛立ちを理解出来ると告げたのだ。しかし良いか? お主はフルーフとの一戦ではお主の思う通りに動くのだ。決して手を抜こうだとか、意に反するような真似だけは止めるのだ。そんな事をすればお主だけではなく、全員に不幸を招く結果を生む事になるだろうからな」
「そんな真似は、最初からする気はねぇよ……。テアの事もあるしな」
少し前にヌーはラルグ城でテアを『死神皇』にすると決めたばかりである。色々と思う事はあるだろうが、多くのものを背負っている以上は、当初の決心を鈍らせるわけにはいかないだろう。
そう告げるヌーだが、今も後悔を引きずったままではあった。
やるべき事は理解しているし、ソフィの言うように意に反するような行いをするつもりもないが、気持ちが晴れない状態で重要な一戦を迎えるという事が、彼にとっては前代未聞の出来事であり、これまでのように割り切ってやってやるという気持ちを持つ事が出来ず、出口の見えない長い通路を延々と歩くような心境に陥っているようだった。
(こればかりは自分で乗り越えねばならぬ問題だ。何と言っても相手はあのフルーフだ。こやつが当日までに上手く開き直る事が出来るかどうか、それが鍵になりそうだな……)
迎える大一番の前に、ヌーにとって新たな試練が待ち受ける事となったようである。
しかし逆を言えば上手く開き直る事が出来るのであれば、今より更に精神面で大きく成長を遂げられる事にも繋がるだろう。
大事な局面で本来の力を発揮するという意味でも、肉体面とはまた異なる精神的な強さが求められる。
ソフィはもし今回ヌーが上手く開き直る事が出来たのであれば、また一つ新たなステージへと上がる事になるだろうなと考えるのだった。
「ところでよ……、何でてめぇはそんな厚着なんだよ。もしかして寒いのか……?」
「いや、うむ。むしろ暑いくらいだな……」
「だったら脱げばいいだろうが……」
「……」
まさかの角度からのヌーの指摘に、温かい目で見守っていたソフィは現実に戻されてしまい、思わず上着を脱いでしまうのだった。
……
……
……
ソフィとヌーが庭で話し始めていた頃、六阿狐はヒノエの部屋にお邪魔していた。
ヒノエと仲良くなってからは、常に行動を共にするようになったようで、夜遅くまで話し込む事も多くなっているようだった。
「ヒノエ、少しお聞きしたい事があるのですが……」
「ん? どうしたよ、そんな風に改まって」
自室のベッドの上で寝っ転がっているヒノエは、正座しながら話し掛けてきた六阿狐が真剣な表情を浮かべている事に気づき、慌てて彼女も座り直すのだった。
「貴女の本当の実力についてです。前回、私は貴女とこの部屋でやり合った時に感じたのですが、貴女は間違いなく私より強いですよね?」
「――さてな、そんなもんは実際に本気で戦ってみねぇ事には分からないだろう」
「お互いがやり合うつもりで対峙した上で戦闘態勢にまで入ったというのに、その状況で貴女の力を推し量れない程にこの私が未熟だとでも?」
イリーガルやブラストのような『大魔王領域最上位』クラスまでの者達であれば、如何様にも誤魔化す事が可能だと断言すら出来るヒノエだが、流石に同じ『魔神級』クラスであろう六阿狐にまでは、ヒノエも誤魔化す事は不可能だろうなと判断するのだった。
「参ったな……。まぁ、勝てるとは思ってるよ。でもそれを訊いてどうしようっていうんだ?」
誤魔化すのが難しいと判断するや否や、あっさりと勝てると言い切ってみせたヒノエに、六阿狐は満足そうに笑みを浮かべるのだった。
「いえ、お城で貴女がイリーガル殿と手合わせを行っているのを見た時に、ふと貴女の本当の実力がどれ程なのかというものに興味が湧いたもので。実際、他の妖魔退魔師の組長の方々より、貴女は上ですよね? いや、下手をすれば副総長のミスズ殿よりも実力が上なのでは?」
「……流石にそれはねぇよ。確かに攻撃力だけで考えれば、私の方が副総長より勝っていると言い切れるけど、判断速度とその判断に伴う刀の技量に先読みの正確性などを考慮すれば、戦えば十中八九私が負けるだろうさ」
「そうですか……。まぁ、良いでしょう。それでヒノエ。ここからが本題なのですが、私たちは今後冒険者ギルドに所属する予定がありますよね?」
「あ、ああ! そう言えば、そういう話もあったな!」
ラルグ城でソフィが『大陸間ギルド対抗戦』に魔王軍の者達や、ヒノエ達も参加して欲しいと口にしていた事を思い出したヒノエであった。
「それでですね。冒険者ギルドに所属するには、実技試験なるものがあるとソフィさんも仰られていましたけど、貴女はこの世界では少し力を抑えた方が良いと思うのですよ。もちろん我々より強い方々も中には居るのでしょうけど、試験に受かる事のみを考えた場合、貴女がまた刀を滅茶苦茶に振り回してあちこちに崖を作られでもしたら、目立って仕方がないと六阿狐は思ったのです……」
六阿狐も自分達がこの世界で『最強』だというつもりはないが、それでも対抗戦に参加出来るだけの力量程度であれば、力加減をしていても充分に何とかなるだろうと考えて、その上で少しでも目立つのを避けないかとヒノエに提案したのだった。
「な、なるほど! それで私の実力が知りたいとか言ってたんだな? しかしそれを言いたかったんなら、もっと早く言ってくれよ。あまりに遠回しに訊くもんだから、てっきり私は今更ながらに妖魔退魔師組織の内部を探ろうとしてるのかと、ちょっと勘繰っちまったよ」
「す、すみません。貴女の事は認めていますし、と、友達だと思っていますので、あんまり悪目立ちして欲しくないなって……」
どうやら六阿狐はヒノエを心配しての事だったらしく、少し照れた様子で本音を口にするのだった。
「そっか。じゃあ試験はアンタの言う通りに手加減してみるよ。それとよ、アンタの事は私も気に入ってるんだ。これからも友人として、末永く仲良くやっていこうぜ?」
そう言ってヒノエはにかっと笑うと、六阿狐に手を差し伸べる。
「ええ! せっかく出来た縁ですし、一緒にこれからも協力してソフィさんを支えていきましょう!」
そう言って六阿狐もヒノエの手を取り、互いに笑みを浮かべながら握手を交わすのであった。
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