2250.リディアへのソフィからの提案
朱火は実の父である『王琳』が本当にソフィに敗北したのだという事を理解した。
自分が生まれる数千年も昔から『妖魔山』で戦い続けてきた『王琳』だが、彼女が『妖魔団の乱』でノックスの世界から離れるに至る時まで無敗のままだった。
ずっと近くで見てきたそんな父は、自分が無敗で居続けている事を喜ばず、常に自分に敗北を突きつけてくれるような、そんな強者と出会う事を渇望していたようであった。
そんな父が過去に一度だけ、朱火の前で興味深そうに人間の話をする一面があった。
それはもうすでに今から数百年前の話ではあったが、人里に信じられぬ程に『魔力』が高い妖魔召士が、世から隠れ潜むように暮らしているのだと教えてくれたのだ。
当時の朱火はそれがどういう意味であるかを深く考えず、そういう人間が人里に居るのだという認識を持つだけだったが、その父が気になったという人間である『卜部官兵衛』が、鵺族の武力の頂点に立っていた『煌阿』を『結界』に封じ込めた事で、そこでようやく父である『王琳』が告げた理由を知ったのだった。
煌阿は父である『王琳』に『実力』では遠く及ばないにせよ、妖魔山ではそれなりに実力が近いといえるほどの『力』を有していた筈であり、煌阿が封じ込められた以上は、もしかすれば父であっても『結界』に封印されてしまう可能性があるのではないかと朱火は考えたのだ。
当然疑問を抱いた彼女がそのままにしておくわけもなく、直接父に訊ねてみると、返ってきた言葉は『まともに受ければそうなるだろう』という返事だった。
朱火を含めた妖狐達は、それなりに『魔』に関しては理解に及んでいる種族ではあるが、それでも『鵺族』程ではない為、煌阿程の鵺が封印されてしまえば、当然王琳が告げたように、まともに受けてしまえば抗える術はないだろう。
つまり、山で数千年間無敗であり続けた王琳は、この『卜部官兵衛』ただ一人に対しては、懸念を持たざるを得ない人物として頭に記憶はしていたという事である。
だが、それでもそんな父が、卜部官兵衛の名前を覚えるに至って尚、直ぐに喧嘩を売るような真似をせず、それどころか卜部官兵衛が寿命を迎えるまで、一切の相手をしなかったのだ。
浅い思慮しか出来ぬ者ならば、王琳が『卜部官兵衛』を恐れたのだろうという結論に行き着くのだろうが、朱火はどうも近くで父を見ていてそうは思えなかった。
もちろん卜部官兵衛の術は非常に厄介なもので間違いないのだろう。それは煌阿が封じ込められた時点で疑いようのない事実ではある。
しかしかつては非常に好戦的な性格をしていた『王琳』が、自分がやられるかもしれないという理由だけで卜部官兵衛を避けるとは朱火にはとても思えなかったのだ。
結局、朱火が妖魔団の乱が生じた後、ノックスの世界を離れる事となっても、何故あの時に父が卜部官兵衛と戦うという選択肢を取らなかったのか、その答えを彼女は今でも明確には得られてはいない。
だが、間違いなく言えることは、王琳という妖狐は人間の卜部官兵衛に戦う相手として見ておらず、全くの興味を示しめさなかったという事である。
(そんなお父様が、目の前のソフィ殿と雌雄を決そうと考えたという事は、あの卜部官兵衛にはなかった何かをソフィ殿に感じたという事なのでしょうね)
ソフィという魔族と戦う事を望んだその上で、しっかりと敗北を突きつけられたのだから、それはとても本望な事だっただろうなと朱火は、王琳の気持ちを理解して納得するような表情を浮かべるのだった。
「では、そろそろ我は行こうと思う。リディアよ、さっきも言ったが、お主にその気があるのであれば、いつでも我に言ってくるが良い。配下の者達も今のお主であれば、戦いを望み歓迎するだろう」
ソフィはそう告げたが、まだ今のリディアでは『九大魔王』達を相手にするには、もう少しだけ戦力値が必要となってくるだろう。
それだけ今のリディアの到達している『大魔王上位領域』と、リーシャやエイネ達の居る『大魔王最上位領域』には大きな壁があるのだ。
――しかし、本来であれば、確かにまだまだ先の話だといえるだろうが、このリディアもラルフもほんの少し前までは、大魔王領域どころか、戦力値が100万そこそこの『下位魔族』領域にも劣る程度だったのだ。
それが今ではもう、アレルバレルの『魔界』でも充分にやっていけるだけの『力』を有し始めたというのだから、魔王軍の最高幹部である『九大魔王』達の前に立ち塞がる壁も越えて行けるかもしれない。
ソフィはそう信じて、この場でリディアにそう提案を行うのであった。
「ふんっ、気が向いたらな」
彼がそう口にするのを聞き届けた後、ソフィは笑みを浮かべながら頷き、やがてはその場を後にするのであった。
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