2200.死神界の情勢に大きな変化
「――」(貴方が『公爵としての力』を示すのは久しい事ですな。それにしても死神皇の指示を待たずして、現世に死神貴族全員を含めて襲撃号令を出されるのは、色々とまずいのではないですかな?)
ミイラ化している黒い馬に跨り、全身をローブで包んでいる『死神』は、自分よりも目上の存在である死神公爵のテアにそう告げるのだった。
彼もまた、死神貴族にして『侯爵』の爵位を持つ死神であり、数多の死神を従える立場に居る存在であった。
「――」(そう思うなら『アーテ』。お前はこの場に現れなければ良かっただろ。今の私は契約者をやられて少々冷静さを欠いている。後先の事なんて考えていられないね。お前も死神皇にビビってるなら、今からでも退いていいんだぞ? 今も昔も変わらず、私と並び立つ戦場に臆病者は不要だからな)
恐ろしい眼光をした目をサイヨウ達に向けていたテアだったが、背後に自分の号令に応じる形で現れた『死神侯爵』の『アーテ』にその鋭い眼光を向けながらそう口にするのだった。
「――」(て、テア様! そ、その目は……!?)
テアの紅く光る目を見たアーテは、告げようとしていた言葉を忘れてしまったかの如くに、驚きの声を上げるのだった。
そしてそんな『紅い瞳』をしているテアの元に、新たに三柱の『死神貴族』が出現を始める。
――死神貴族『ナイトメア』。
――死神貴族『トワイライト』。
――死神貴族『パーミスト』。
それぞれが『幽世』で独自の領地を持つ『死神貴族』達ではあるが、すでに遥か昔から『死神公爵』である『テア』に絶対の忠誠を誓っている者達であり、当然に彼らはテアの号令に応じる為に、この『現世』に姿を現したのだった。
「――」(アーテ様、テア様の言葉をしっかりと耳に入れられましたかな? この場にテア様に従わぬ死神は不要です。臆病風に吹かれているのであれば、早々にこの場を立ち去られては如何か?)
「――」(パーミスト……! 貴様如き、木っ端死神貴族風情が、一体誰に向かってそんな口を利いておるか……っ!)
同じ死神貴族でも後から現れた三柱と、死神侯爵である『アーテ』とでは神位そのものに差があり、決して対等ではない彼らに『臆病者はさっさと幽世へ姿を隠せ』と暗に告げられた事で、苛立ち交じりに怒号を発するのであった。
「――」(では、この場に残られるという事は『アーテ』様、貴方も『テア』様に忠誠を誓われるという事でよろしいか?)
そうパーミストの言葉の後に続いたのは、同じく死神貴族の『トワイライト』だった。
「――」(そうでないのなら、さっさとこの場を去って頂けないでしょうか? 我らがテア様に『従わぬ死神は、この場には不要』とすでに告げられた筈です)
「――」(な、ナイトメア……! お前程の者でさえもか……!?)
テア以外の死神貴族三柱に睨まれた『アーテ』は、信じられないものを見るような目を浮かべていたが、やがて意を決したかの如く口を開くのだった。
「――」(……勘違いされては困る。私はあくまでテア様と同じ『死神貴族』として、一時的にこの場は手を貸しても良いと判断したから現世に姿を見せただけに過ぎぬ。別にテア様に忠誠を誓おうと思ってこの場に現れたわけではないのだ)
ミイラ化している馬の上に跨りながらアーテが、黒いオーラを纏いながらそう告げると、ナイトメア達が現れてから再び視線を前に向けていたテアが、アーテ達の方を振り返りながらこう言った。
「――」(アーテよ、私に力を貸そうと思ってこの現世に現れてくれた事には感謝する。しかし最初にお前が言ったように、私は死神皇の指示を待たずに勝手に幽世の者達をこの場に集めたんだ。それもお前や、ナイトメア達のように神位の高い死神貴族達も含めてな。今回の事は当然に死神皇の耳にも入っている事だろう。その時、どうなるかは聡いお前にも理解出来る筈だ。引き返せる今の内に伝えておく。死神皇の怒りを買う前にこの場を去るといいぞ)
そう告げるテアの目は紅くもなくなっており、どちらかと言えば同じ神位の高い神格持ちの死神貴族である『アーテ』を慮るような、そんな優しい目をして告げてみせたテアであった。
「――」(……最後に教えてくだされ。何故、貴方はこんな真似をした? 所詮、そやつは一時的に契約を行っただけに過ぎぬ『魔族』なのでしょう? 貴方様ほどの神位を持つ『死神貴族』が、このような……――)
「――」(それは違うよアーテ。こいつは、ヌーだけは一時的に契約しているだけの相手じゃない。この私が今後の全てを懸けても良いって思えた大事な『契約者』なんだ。こいつだけは絶対に死なせないし、こいつが死ぬときは私も消える時だ。だから……、私はこいつをこんな目に遭わせたアイツを許さない!)
先程までの幽世に居た頃の言葉遣いではなく、ヌーと共に居る時の言葉遣いで『アーテ』にそう告げ、再び紅い目をし始めたテアを見た『アーテ』は、この後に告げようとしていた言葉を呑み込み、そして一度だけ両目を閉じて、深く何かを考え始めたのだった。
そして時間にしてみれば僅かといえる瞬間であったが、その間にしっかりと決断を下した様子で『アーテ』は目を開き、思いがけない言葉を口にするのだった。
「――」(テア様……。無礼な言葉の数々を口にした私をお許し下さい。そして貴方の契約者に対するお覚悟に感服致しました。本当の『契約』を行って見せた貴方に敬意を示すと共に、この死神侯爵の『アーテ』は、死神公爵の『テア』様に忠誠を誓い、貴方達と共に戦う為に、この場に残らせて頂きます……!)
こうして死神侯爵のアーテは、死神公爵であるテアにこれまでのような形だけではなく、本当の意味で忠誠を誓うのであった。
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