2177.これ以上ない程の感動を覚えた大魔王ヌー
「そのレキって野郎はノックスの世界でお前と戦った連中と比べれば、誰が一番近かったんだ?」
ヌーは『レキ』というリラリオの原初の魔族を代替身体だと理解した上で、実際にソフィが戦った者達と比較させて、どれくらいの強さなのかを推し量ろうとするのだった。
「ふむ……。先程も言った事だが、あやつが扱う『魔瞳』は我の世界では類を見ないモノであった。それに加えてあやつの扱う固有魔法が上手く効力に作用したと考えた場合、間違いなく初見では『魔神級』の中堅どころでは対処が難しいだろうな……」
ソフィはレキと戦った時の『支配の目』と『創造羅移界』の効力に、自らが全く動けなくなった時の感覚を思い出し始める。
(あれは単純に思考を鈍らせるというものではなく、実際に我自身の『時』を操作されているような感覚に陥っておったように思う。我はあの時に普段通りに動いておったつもりだが、あやつはそんな我の動きに的確に合わせて攻撃を繰り出してきておった。まるで我の動きを先読みしておるようであった。だが、それは先読みではなく、あやつ自身は我の動きをしっかりと見た上での行動だったのだろう。つまりはあやつが扱う『魔』の概念技法の前では、術にかかった対象の動きの速度そのものをコントロール出来るという事だ。あやつが代替身体ではなく、本来の身体であったのならば、その後の爆発と炎上を起こしてみせた二種の炎の殺傷能力のある『魔法』で我に甚大なダメージを負わせられていただろう。王琳の『固有魔法』と比べてどちらが上だったか等は、実際に受けて見なくては分からぬが、それでも『天狗の頭領』と言っておったあの女天狗や、その天狗に従っておった軍勢よりは上であった事に間違いないだろう……)
ソフィはノックスの世界で『天狗』達や、妖狐族の王であった『王琳』と戦った経歴を持つ。実際には鵺族の『煌阿』とも戦ったのだが、その『煌阿』戦では鵺の『魔』の技法の前に、ソフィは意識を混濁させられて幻想に陥った中で戦っていたが故に、詳細を覚えていないのである。
もし『煌阿』と戦っていた時のソフィに意識があれば、ちょうど『煌阿』との一戦が比較に適していると言えたかもしれないが、残念ながら『帝楽智』と『王琳』の間くらいではないかという曖昧な比較しか出来ず、ヌーに上手くレキの強さを説明出来ないでいた。
「どうやら相当比較するのに悩んでいるようだな。まぁその『レキ』って野郎が『本体』じゃねぇって時点で簡単に比較が出来ねぇのはしょうがねぇか。とりあえずはあの『王琳』より強いって断言しやがらなかった事で満足するか」
もし、ソフィがこの場で『王琳より強かっただろうな』とでも口にしていたら、相当に絶望感を抱く事になっただろうと考えながら、ヌーはそう結論を出す事にしたのだった。
「ん……? 何だよ、そんな顔で俺を見やがってよ」
気が付けば何か疑問を浮かべている様子で自分を眺めているソフィに気づいて、ヌーは何か言いたい事があるのかと尋ねるのだった。
「いや、いつものお主であればこんな遠回しに訊くのではなく『俺と比べてどうなんだ』とでも尋ねてくるだろうになと考えておったのだ」
ヌーの予想通りソフィは疑問を抱いていた様子だったが、その内容を聞いたヌーは、思わず鼻で笑ってしまうのだった。
「そこまで俺は自分の強さに自惚れていねぇよ。てめぇや俺を襲いやがった『魔神』が、そのレキって奴の事を『超越者』と認めている以上、その領域に手も足も出せねぇまだ『魔神級』でしかねぇ俺が、比較しろ何て恥ずかしくて口が裂けても言えねぇのは当然だろうがよ」
当然の事だとばかりにヌーがそう告げると、ソフィは不機嫌そうに眉をひそめた。
「我はそのようにお主に自分を卑下して欲しくはない。自惚れの何が悪いというのだ? お主の成長速度は決して並ではない。この我がお主の成長に期待しておるのは、ただ単に期待を寄せておるからではない。履き違えるなよ? これまでお主は研鑽の方法を少し遠回りに行っておったに過ぎぬのだ。そしてお主は『シギン』殿や『神斗』殿に師事するキッカケを得る事が出来た。以降は必ずお主は強くなれる。それも我の想像を超えてくるだろうと思っておる。だが、慢心しろと言っておるのではないぞ? あくまでお主がこれまで行ってきた研鑽を誇れと言っておるのだ。間違いなく、お主は自惚れられる程の努力を積み重ねてきたのだからな」
「!」
今ソフィが行った叱咤激励に、ヌーは目頭を熱くするのだった。
自分が認めている『最強の存在』に、自分のこれまでの行いを誇れ、自惚れをするくらいの研鑽をお前はしてきたのだと言われたのだ。
目標となる存在にこれまでの『行いを誇れ』と言われて、感動しない者が何処にいるだろうか?
――大魔王ヌーは全身を震わせる。
何とかして目元から涙を零さぬようにと、ヌーはじっと堪える。
(クソ野郎がっ! こんな時に限ってテアの奴は居ねぇしよ! アイツがこの場に居てくれれば、簡単に話題を逸らせるのによ……!)
少しでもソフィの視界から逃れようと、ヌーは抵抗を行うように意味もなく庭の方へと視線を向け始める。
すると、何と先程までヌーに怯えていたソフィの配下達の多くが、今は温かい目で視線を送っていたのだった。
どうやらこの場に居るソフィの配下達は、大魔王ヌーを怯える対象ではないと判断した様子であった。
視線の逃げ場がなくなったヌーは、ソフィに背を向けたまま立ち上がる。
「……ちと用事を思い出した。昼にまた戻って来るからよ、テアを頼んだ」
そう言葉を残したヌーは振り返りもせず、そして大事な相棒であるテアを迎えに行く事もせずに、庭から飛び去って行くのだった。
「ミールガルド大陸に何か忘れ物をしていたのだろうか……?」
そしてそんなヌーを見送りながら、見当違いの言葉を告げたソフィであった。
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