2173.ヒノエと六阿狐の関係が変わった日
「へへ、それにしても妖魔退魔師だった私が、妖魔のアンタと協力関係を結ぶ事になるとはな。少し前の私なら想像すら出来なかった事だぜ」
「それはお互い様です。ですが、それを言うのは今更ですよ? そもそもが、我が主である『王琳』様も、妖魔神であらせられた神斗『殿』でさえも、人間の妖魔退魔師や妖魔召士と協力関係を結んでいる状態なのですから」
「まぁ、確かにな……。しかし、それもこれもソフィ殿達が現れてからの話だ。そう考えるとやっぱりソフィ殿の影響力は凄いモンがあるよな」
「はい! それはまさに疑いようの余地のない事ですね。ソフィさんはただ強いだけの御方ではありません。何といいますか、ただそこに居るだけであっても『存在感』を無視出来ず、常に動向を意識させられると言いますか……。カリスマ性に溢れているという言葉が一番近しいでしょうか」
「その表現も間違っていないだろうな。何より、ただ強いだけの奴なら私もスオウの奴もこんなに心を許す事もなかっただろうし、副総長や総長もあんな風にソフィ殿を信頼しなかっただろうよ」
「我々の山の景色を全く違うモノに変えられた事もソフィさんだったからこそ出来た事でしょうし、我が主が『妖魔神』になる事をお認めになられたのも、ソフィさんとの約束が根底にあったからで間違いないでしょうしね」
これまで全く違う立場であった両者の筈だが、ソフィのカリスマ性について語るこの時だけは、昔からの友人のような関係で仲良く話し始めていたのだった。
そしてひとしきりソフィの話で盛り上がった後、二人は我に返ったかのように表情を戻し始める。
「それでヒノエ、ソフィさんと向かった先には何が居たのですか?」
ようやく本題に入った六阿狐の言葉に、ヒノエは何を話していいかとばかりに難しい表情を浮かべるのだった。
「それがよ、あれは形容し難いっていうか、何て言ったらいいのかな……。ほんとに地面に映る影がそのまま動いて喋っている感じの奴が居たんだよ。多分そいつがヌー殿を襲った奴で間違いないんだろうよ。そんでまだ終わりじゃなくてだな、そいつが監視しているっていう奴がもう一人そこに居たんだが、そいつもちょっと普通じゃなくてな、見た目は私らと同じ人間のような人型の姿だったんだが、痛ましく思えるぐらいに全身の皮膚が火傷で爛れていてな、しかも何とそいつは魂がない抜け殻だって言うのに、別の身体で今も普通に生きて活動しているらしいんだ。何やらその火傷姿の身体が本体らしいんだが、魔力を上手く練られなくなってしまう病気のせいらいくてな、治す手立てを考える為に魂だけを別の身体に移動させてるらしい」
ヒノエは矢継ぎ早に喋り出したかと思うと、興奮気味に身振り手振りを交えながら説明を行うのだった。
どうやら彼女から見ても色々と衝撃的だったのだろう。説明している当人は真面目に言っているつもりなのだろうが、現場を見ていない六阿狐からしてみればヒノエの話は要領を得ず、結局は内容が不明瞭のまま伝えられる事となるのであった。
しかしそれでも六阿狐は何とか話を理解しようと、ヒノエの説明から先の『妖魔山』の中の会合時に行われた時の妖魔神である『神斗』殿の状態のようなモノだろうかと、想像を膨らませ始めるのだった。
「つまりその影が火傷を負った男を監視しているところに、ヌー殿が接近しようとしたから攻撃を仕掛けたという事で合ってるのでしょうか?」
色々と考えを巡らせた六阿狐だったが、リラリオの世界に向かう『次元の狭間』の内容も分かってはおらず、更には王琳達のように『天上界』の存在もあまりよく理解していない為、ヌーが攻撃を受けた理由のみに原因を絞って結論を出したようであった。
「ああ、まぁそんな感じらしい。そんで大変だったのはこの後なんだ。その影とソフィ殿が会話していたら、いきなりソフィ殿が機嫌を悪くしちまってよ? 影が私には分からない言語で喋ってたもんだから、詳しい事は私もよく分からないんだけど、ソフィ殿が言うには何やら影は『停滞』する事が幸福に繋がる……とか何とか言い出したらしくて、ソフィ殿はそれを良く思わなかったみたいで話が合わないって感じでさ、結局ソフィ殿が怒ってそのまま帰ってきちまったんだよ。影の方もソフィ殿が怒ってるところをみて、執拗に煽るように大笑いしてるしさ、間に挟まれた私はよく分かんねぇし、結局どうする事も出来なかったよ……」
説明している当人ですら話の内容を理解していない以上、要領を得ないのは仕方のなかった事なのだと理解する六阿狐だった。
「そ、それは大変でしたね。それでも普段は温厚なソフィさんが怒って帰ってしまう程、その影はソフィさんとは相容れぬ存在だったのでしょうね。まぁ、ソフィさんも貴方も怪我なく戻ってこれて良かったです。私も目を覚ましてからずっと気が気でなかったものですから……」
「ああ……」
彼女の主である王琳から『片時も離れずに護衛しろ』と命令されていた六阿狐にしてみれば、護衛対象に意識を失わされた挙句、何かあったらどうしていいか分からなくなってしまうところだっただろうなと気持ちを察するヒノエであった。
「そう言えばさ、私らが戻ってきた時にお前さんはリーネ殿と一緒に居たが、何時から一緒に居たんだ?」
「私が目を覚ました時には、もうリーネ様は隣に居ました。リビングに来てみたら私が椅子の上で横になっていたから驚いたって言ってましたね」
「そっか……」
(多分リーネ殿の事だ。私らが屋敷を出ていった直ぐ後にはもう起きていたんだろうな。ソフィ殿から直接話を訊くかもしれねぇが、明日私の方からも外で何があったかをちゃんと説明した方が良いだろうな)
先日リーネと話し合った時に色々とリーネから胸の内を聞いたヒノエは、戦場に立てない彼女の代わりに自分が彼女の代わりを務めようと決心していたのだった。
(リーネ殿は私の為に色々と便宜を図ってくれたんだ。ソフィ殿の隣に居る事を許してくれたリーネ殿の為にも、自分が戦場で目聞きした事は、しっかりとリーネ殿にも伝えて情報を共有しねぇとな……!)
ヒノエはソフィと共に居る事が出来るようになった嬉しさと共に、リーネにも深い恩を感じていたのだった。そしてその恩を少しでも返していきたいと固く決心している様子であった。
「それではヒノエ、私はそろそろ自分の部屋に戻ります。ゆっくりとしたいところを呼び止めてしまい、申し訳ありませんでした」
そう言って六阿狐が正座のままでお辞儀をすると、ヒノエは意識を六阿狐の方に戻して口を開いた。
「ああ、全然構わないぜ。もう私とお前さんは協力関係を結んだ同志なんだ。何でも遠慮なく言ってくれよ? 私も色々と相談したい事が有ったら、お前さんを頼るからさ」
「……分かりました。ではヒノエ、貴方も私の事を六阿狐とお呼び下さい。同志だというのであれば、いつまでも『お前さん』だの『アンタ』だのと呼ばれるのは、聞いていて少し寂しいものがあります」
そう言われたヒノエは、数秒程きょとんとした顔を浮かべたが、その後に嬉しそうに笑うのだった。
「分かった。それじゃこれから宜しくな、六阿狐」
「はい、宜しくお願いします。ヒノエ」
その言葉を最後に、六阿狐は部屋を出る時に一礼して去って行くのだった。
ヒノエはこの前とは違い、今と同じようにこの部屋から去って行った六阿狐を睨みつけるような視線を扉に向けず、今は穏やかな表情をしたまま扉を眺めていたのであった。
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