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2169.ソフィの機嫌とヒノエの笑顔

 ソフィはこの洞穴の中に来る時とは異なり、帰りは薄暗い道の中を歩いて帰ろうとする。


 道中で彼は後ろを慌てて付いてくるヒノエの為に、自身の魔法である『消える事のない灯り(エテル・リヒターン)』を用いて、人間の目でもこの薄暗い洞穴の中を歩きやすいようにしてやるのだった。


「お、おぁ……! すげぇ、一気に明るくなったぞ、ソフィ殿!」


 ヒノエは自身が抱いていた感想よりも、わざとらしくは聞こえない程度に明るくそう言った。


 彼女が殊更明るく告げた理由は、今のソフィが普段と比べて相当に不機嫌なように感じられた為であった。その原因は明白であり、先程の影との会話だろうとアタリを付けたヒノエだった。


 神格を持っていない上に『力の魔神』の通訳も契約を行っていないヒノエには、彼らの会話の内容が大まかにしか分からず、ソフィが話す一方的な言葉で会話内容を推測するしか出来なかった。


 だが、それでもソフィが話す内容から、あの影とソフィの考え方は一致しなかったのだろうと理解したヒノエであった。


「うむ。本当なら帰りも『魔神』に協力してもらって『次元の狭間』を用いてもらう事も出来たのだが、我は一刻も早くあの場所から離れたかったのでな……。我の都合でこんな薄暗い場所の中をお主に歩かせてしまったのだから、(あか)りくらいは用意しなければ……な」


 立ち止まりながら説明してくれたソフィのその『自分の為を思って考えてくれたのだ』という事に、ヒノエは嬉しそうに満面の笑みを浮かべるのだった。


「そっか、ありがとうソフィ殿! 私の為を想って考えてくれたんだな! 私はいくら一瞬で移動できるとは言っても、意識を失って気が付けば目的地に辿り着くぐらいなら、こうしてソフィ殿と一緒に肩を並べて喋って帰れる今の方が何十倍も嬉しいぜ!」


 ソフィは自分の都合で薄暗く歩きにくい山の洞穴を歩かせてしまって、彼女に対して少なからず申し訳ない気持ちを抱いていたのだが、他でもない彼女自身が本心からそう告げているのだと理解して、ソフィもこれまでのモヤモヤとしていた気持ちが薄らいでいくのを感じるのだった。


「我も今ではヒノエ殿について来てもらって良かったと心の底から思っておるよ。お主にはあの影と行った会話の内容までは伝わっておらぬと思うが、どうやらあやつはとても我とは相容れぬ思想の持ち主だったのだ」


「ああ……。それは最後のソフィ殿の言葉からも感じられたよ。何の事を話していたのかまでは詳しくは分からなかったけど、あまり良い対話じゃなかったんだなとは私にも伝わった」


 隣を歩くヒノエの感想を聞いたソフィは歩きながら手を口元にやり、何かを彼女に伝えようとしているような素振りを見せるのだった。


 ヒノエもずっとソフィの事を見ていたが故に、何かを話そうとしてくれているのだろうと察したが、結局はソフィが話すまでは何も言わず、気づかないフリを続けるのだった。


 やがて歩き出したソフィは、ヒノエに背を向けたままで口を開き始めた。


「あやつはな、どうやら我が常に望んでいる『成長』や『発展』の対極にあるような『停滞』や『不変』を幸福と捉えておるようなのだ。例えば、ある程度の境地で自分は今『幸福』なのだと感じられたとする。確かにその状態が意図的に長く続けられるとすれば、ある種満たされ続けて不満など何も感じなく、良い事尽くめのように感じられるだろう。だが、それはあくまで『現在』までの間までの話に過ぎぬのだ。そこから更なる未来には、今感じられている良いモノと思い込んでいたモノよりも更に良いモノが出来上がるかもしれない。物ではなく、者に置き換えたとしよう。ヒノエ殿は今でも妖魔退魔師の組長として、自身の自信に繋がっている強さを有している状態にあるが、もし今より未来に、更なる強さを有する可能性があると知って、今のままで充分だと、これ以上を望むのは贅沢だとより良い未来の可能性を取得するのを最初から破棄出来るだろうか?」


 ――ヒノエはソフィの例え話に真摯に耳を傾けて思案する。


「私にはそんな未来が待っているとすれば、当然に破棄出来ねぇな。元々今の強さに満足しているわけでもねぇし、もっと強くなれるかもしれないとずっと考えて生きているんだ。そもそも妖魔退魔師になろうと命の覚悟を決めてる連中に、今で十分だ、もうこれ以上の強さは必要ないって考えるような連中は私を含めて居ないから、私がこう言ってもあんまりアテにならないかもだけどな」


「いや、我の話す話の本質はそういう事なのだ。ヒノエ殿の役職がどうであろうと、例え今の状態に満足していたのだとしても、可能性を抱き続ける事こそが、更なる成長や発展の源の筈なのだ。そこで満足してしまうのは、自分というモノを考えた時に、押し寄せる不安を省みて妥協を選ぶからに他ならぬと我は考えておる。確かに不安の中には健康的な不安というモノがある。そうだな……。先程、全身が焼け爛れている魔族の男を見たであろう?」


「あ、ああ……。とんでもない()()()を負っていたな」


「あやつは見た目の怪我以上に、魔族にとってもっと辛い大病を抱えておる。かつては我々の世界でも『魔族』という種族を絶滅させるかもしれないと思わせた程の難病で『梗桎梏病(こうしっこくびょう)』というのだが、この病に罹患すると上手く『魔力』を練る事が出来なくなり、いずれは幼子でも扱える『魔法』すらも発動出来なくなる。分かっていても阻止する事は難しく、一気に扱えなくなるのではなく、徐々に時間を要しながら弱っていく為に、長い寿命を持つ魔族にとっては、時間を掛けながら自分が弱っていく姿を実感して生きていかなくてはならなくなる為、さっさとその身体を捨てて『転生』の『魔』の技法と呼ばれる『代替身体』を利用して、別の身体で第二の生を歩み始めた方が良いと考えるのだ」


「『魔力』が練れなくなる……。つまり私らにしてみれば、刀を振るう筋力そのものが奪われるようなものなのか」


 元々ヒノエのような妖魔退魔師達は『魔力』がないものと考えてこれまで生きてきた為、ソフィの用意した例え話と異なる例え方をしながら話の核心を突くのだった。


「まぁ、その解釈で間違っておらぬ。それもいつ戻るか分からぬし、そもそもが弱っていく期間を含めれば、回復の兆候が表れるとしても少なくとも数千年は掛かる。つまりヒノエ殿達のような人間では、まず間違いなく元に戻る事はないな」


 人間であるヒノエでは『魔族』の大病である『梗桎梏病(こうしっこくびょう)』には罹患しない為、あくまでこれは例え話に過ぎなかったが、それでも彼女は自分が魔族であったと仮定して考えて、背筋が凍る思いを抱くのだった。


「話を戻すが、あの魔族の男はそんな大病を患っていて、未だに元の身体に戻ろうと苦心しておるのだ。だが、あの男の監視を行っておる影は、そんな男の苦労など自分には関係ないと考えておった。それも別の身体で生き永らえるのならば、充分だろうと言わんばかりにな……。勝手に自分の中で抱く思想を並べておる分には勝手にすればよいが、そんな思想を他者の行動に当て嵌めながら、更には重ねるようにして他者に説こうとする。それも覚悟を決めておるものに寄り添おうとするわけではなく、単純に自分の目的の為だけに動いておる癖にだ。我はそれが気に入らぬ。別に関係がないと言われればそれまでだが、我はいずれは『レキ』と相対する時が来ると考えておる。つまりあやつの監視者であるあの影とも無関係のままで居られぬであろうな」


 ソフィが不機嫌になっている理由を理解したヒノエだったが、再び別の違和感が彼女を襲うのだった。


「ん……? ちょっと待ってくれ、ソフィ殿。ソフィ殿は今回色々と確認を行う為にここに来たと言っていたが、あの火傷の魔族の男と初めて出会ったんだよな? あれ……?」


 どうにも初めて出会ったにしては、あの魔族の事を知っているような口ぶりで、更には魔族の男の事を最後には『レキ』と呼んだのだ。つまりあの男の事を知っていたのかとばかりに、彼女の違和感は明確に疑問へと変わるのだった。


「ああ……。我はあそこに居た者の事をよく知っている。まぁ、本体であるあの姿を見たのは紛う事なく初めてであったが、あやつが別の身体に魂を移した後、その代替身体の身体で我と直接戦った事があるのだ」


「!?」


「そ、そういう事だったのか。というか、私にはもう何が何だか話について行くのが精一杯だよ。大病に罹っていても魂を別の身体に移しながら、第二の生を歩んで行けるってだけでも神掛かり過ぎて奇跡のように感じちまう。つまりソフィ殿達魔族は、死んでいる者の身体も魂さえあれば、当たり前のように蘇生されて、更にはそれが無理でも自発的に別の身体を用意して記憶を残したまま、また一からやり直せるってわけか……?」


 確かにこれまで普通に『ノックス』の世界の人間社会で生きてきたヒノエにしてみれば、自分とあまりにも掛け離れすぎた『魔』の概念の世界の話題に直接触れた事で、常識の齟齬がみられて付いて行けなくなるのも無理はないと言えるのだった。


「色々と制約があるし、途方もない時間をやり直させられてしまう覚悟は要るが、まぁ解釈的には間違っておらぬな」


「と、とんでもねぇな……。そんな奇跡みたいな事が当たり前に行われているのかよ……」


 あまりに想像の埒外の話に、遂に彼女はお手上げだとばかりに諦観めいた嘆きを口にし始める。


「確かにレキは我と戦ったあの時の『代替身体』の姿ままであっても、ノックスの世界に居た『ある程度』の妖魔達を相手に生き残れる程の力量を有しておったと思うが、レキは我と戦った時にその『代替身体』のままの姿に納得していなかったように感じられた。あやつは今も元の身体に戻ろうと色々と試行錯誤をしておる筈だ。それがただ単に妥協をしたくないだけなのか、それとも元の身体に戻らなくては、辿り着けない程までの力量があの『本体』の姿に隠されているのかまでは分からぬが……な」


 まず間違いなく、レキは『代替身体』のままであっても『魔神級』の上位クラスにあっただろう。魔力や単なる腕力だけではなく、全ての面で本体の凡そ十分の一にまで制限されておる状態であってもそれだけ強かったのである。


 ――もし、レキの本体の身体で本来の能力に制限なく『魔力』を用いられる事になれば、一体それはどれ程の強さとなるのだろうか。


 レキの『()()()()』に『支配の目(ドミネーション・アイ)』、更には今も代替身体の身でありながら、次々とあらゆる能力を有していっている最中である。


(あやつが完全な状態で元の身体に戻る算段がついた時、一体その時はどれ程までに強くなっておるのだろうか?)


 ここにきてようやく、ソフィは完全に機嫌を戻して笑みを浮かべ始めるのだった。


「はは、やっとソフィ殿は笑ったな! 難しい話は今は置いといて、とりあえず元に戻って良かったぜ!」


 そう言ってヒノエは嬉しそうに、ソフィの隣で喜んでくれたのであった。


 ……

 ……

 ……

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