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2168.見解の相違

『次元の狭間』の中を意識を保ったまま歩いていたソフィは、ヒノエを腕に抱えたまま遂に外に足を踏み出すのであった。


 ソフィ達が辿り着いた場所は薄暗く、照明代わりに壁に立て付けられている行燈の明かりでようやく足元が見える程の明るさであった。当然魔族であるソフィはその明かりがなくとも鮮明に洞穴の中を見渡せるが、意識を取り戻した様子のヒノエの目では、その明るさを頼りにしなければ何も見えない程の暗さであった。


 どうやらここは洞窟の空洞を利用して作られた場所のようで、元々あった広さに加えて横の壁を強引に掘り進んだ跡があり、人間の大人が数人分入れるだけの広さがあった。


 そしてそんな開けた場所の中央、一体の魔族が培養槽の中に浸けられていた。


「――」(こいつが私の監視する『()()()』だ。ま、今は魂も残されていないが故に、ここにあるのは単なる抜け殻に過ぎぬがな)


 いつの間にかソフィの隣に立っていた影がそう告げると、逆側に出現を始めた『力の魔神』が口を開いた。


「――」(どうやらその男が、ソフィが確認したいと言っていた存在らしいわ。今は魂が残されていないから、当然意識はないみたいだけどね)


『次元の狭間』の痕跡を消した後、そう言って変化の魔神の言葉をソフィに通訳する力の魔神であった。


「こいつは(ひで)ぇ状態だな……。っと、ソフィ殿、すまねぇ。下ろしてもらえるか」


「ああ、これはすまぬな」


 目の前の魂のなくなっている魔族に集中していた為、ソフィは意識を取り戻したヒノエに気づかぬまま、抱き抱え続けていた為に、言葉を掛けられてようやくといった様子でヒノエをその場に下ろした。


 ヒノエをその場に下ろした後、再びソフィは全身が焼け爛れた状態で、更に乾いた血で元々の皮膚の色が何色かすらも分からなくなっている『魔族』に視線を移すのだった。


「すでに魂がなくなっているという事は、本体をここに残したまま『代替身体(だいたいしんたい)』に身体を乗り移らせているというわけか。こんな状態にしたのはお主が原因というわけか?」


 ソフィは影の方を向いてそう告げた後、ちらりと力の魔神の方を向いて通訳を視線で頼むのだった。


「――」(ああ。だが、()()()()()()()は『()』の連中から止められていてな。代わりに執行を行った私に監視を命じられておるというわけだ。しかし監視はしておるが、厄介な事に必要以上の手出しをする事も同時に禁止されておる状態なのだ。だから時折、こいつはお主ら下界の存在の魔族が使う『魔』の技法を用いて、この身体に魂を戻して好き勝手している事も把握はしている)


 力の魔神から通訳されたソフィは、その変化の魔神の言葉に訝しむように眉を寄せた。


「それは監視している意味があるのだろうか……? 自由に動く事が出来るのであれば、こやつの体力が元に戻った時、また暴れ出すのではないか? それともお主の口にする『上』とやらはそれを待っている状態という事だろうか」


「――」(ああ……。その辺の事情は、監視の命令を下されただけの私には分からぬ。一つ言えることはすでにこいつの身体の傷自体は完治しておる。私と戦ってから何千年と経っておるからそれも当然の事だな)


 あまりにちぐはぐな説明にソフィは更に分からなくなってしまうのだった。


「分からぬな……。ではお主は『()』からの命令に従い続けて、こやつが暴れ出したらまた戦って止めて、回復させての繰り返しを行おうとしているわけか?」


『天上界』の事については、その仕組みを含めて何一つ理解していないソフィだが、この目の前の『変化の魔神』がやっている事が、酷く虚しい事のように思えてしまうのであった。


「――」(『()』から新たな指示が出るまでは、そうなるだろうな。だが、実際に戦いが行われたのは最初だけだ。こいつは『魔族』だけが罹る下界の病に侵され続けておるようでな。元々こことは違う大陸でこいつを縛り付けていたのだが、どうやらその時にその大陸に蔓延していた病に罹って、こいつは本来の力を失ってしまったのだろう。何度かこの身体に魂が宿っているところを見ていたが、こいつはいくら『魔力』を練ろうとしても上手く練られなくなっていた。まぁ、それでもそれなりに戦えはするのだろうが、もう我々執行者から見れば、世界の敵とは言えぬ程度の矮小な存在に成り果てている。つまり監視といっても、具体的にはこの場に放置しているだけだな)


「――ああ、そういう事だったのか。つまりこやつは『梗桎梏病(こうしっこくびょう)』に罹患しておるという事か。しかしお主は先程我に数千年前に戦いの決着を付けたと言っていたな? 流石にそんな昔に罹患したのであれば、今はもう治っていてもおかしくはないのではないか?」


 ソフィは直接『梗桎梏病(こうしっこくびょう)』に罹患した事はないが、彼の配下であるユファがかつて『ヴェルマー』大陸でこの病に罹患した過去があり、そんな彼女は目の前の魔族のように、数千年を代替身体の身で過ごす事となったが、今では回復の兆候があった様子で元の身体で活動を行っている。


 つまりは同じく時間を掛ければ、魔族のみが罹る難病であっても『いつかは治るのではないか』とソフィは考えたのだった。


「――」(その辺の事情は私も詳しくはない。元の状態に戻る事になれば、その時はまた私が手を下せば良いだけの話だ。しかし私もこれだけ長い年月監視を行っているが、今更になって治るとは考えられぬ。こいつも別の身体で色々と動いているようだし、この身体の事は諦めておるのかもしれぬぞ?)


 変化の魔神の通訳の言葉を聞いたソフィは、まるでこの変化の魔神は目の前の『本体』以外は自分と全く関係がないと考えている節があるように見えて、再びよく分からなくなるのだった。


「お主の話を聞いておると、こやつが別の身体で何をしようと関係がないように聞こえるのだが、実際のところはどうなのだ?」


 ソフィの言葉を力の魔神から影の方に通訳されると、影は嘲笑するのだった。


「――」(そう聞こえるのも無理はないだろうな。実際にどうでもいいと考えておるのだから。私はあくまで『上』に監視を続けろと告げられているだけに過ぎぬ。力を取り戻したその時は、また無力化させて半永久的に命令が解かれるまで監視を続けるだけだ。寿命の概念がない私と、下界の身でありながら自由に何度も『転生』を繰り返す魔族。これもお互いに半永久的に続いて行くのかもしれぬな。それもどうでもいい事だが)


 そう言って変化の魔神は、今度こそ声に出して笑い始めるのだった。


「……無益で詰まらぬ事だ。もう我の興味は失せた。この辺で失礼させてもらうとしよう。ヒノエ殿、帰ろうか」


 そう告げるソフィの目が冷たいモノに変わっており、言葉通りにもうこの場に何の執着もなく、さっさと帰ろうとし始めるのだった。


「えっ? あ、ああ……!」


 黙って彼らのやり取りを眺めていたヒノエは、急にソフィが機嫌を悪くしたように感じられていたが、唐突に帰ろうと口にされたことで慌てて返事をするのだった。


 そして外へと向かって歩き始めたソフィの元に、影の上機嫌となった声が届き始める。 


「――」(ふふ、ふはははっ! どうやらお主は『()()』を相当に嫌っているようだな? 我々とは次元そのものが違うが、それでも長い寿命を持つ種族にしては存外に珍しいな。現状を維持したままで、半永久的に続く未来は好みではないか? 老いもなく、衰えも知らず、同じ視点、同じ考えをずっと持ち続けて本当の『死』が待ち受けるその時まで、今と同じ時間が続くのは、ある種幸福な事だと私は思うのだがな?) 


 影の声が届いても歩みを止めなかったソフィだが、渋々と言った様子で『力の魔神』が通訳を行うと同時、遂にソフィの歩んでいた足が止まるのだった。


()()()()()だな。我はそれを幸福だとは思えぬ。お主は『変化の魔神』と名乗っておるようだが、思想そのものは全く異なっておるようだな? 『()()()()()』とでも名を変える事を勧めるぞ」


 全く興味のない視線を『変化の魔神』に向けたままそう告げたソフィは、今度こそ振り返らずに洞穴の外を歩いて行く。


 その間もずっと、変化の魔神の笑い声が洞穴の中で響き渡っていたのであった――。


 ……

 ……

 ……

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