2158.対等の立場で呑む酒
ソフィに夕食を誘われたヌーとテアは、リーネ達が待つリビングに顔を見せ始める。
「ソフィ、ご苦労様! 何時でも食べられる準備は出来ているわよ」
どうやらソフィが二人を呼びに行っている間にリーネ達が準備してくれていたようで、すでに全員分の食事が席の前に用意されていた。
「おお、これは美味そうだな!」
リーネが満面の笑みを浮かべながらソフィに声を掛けると、直ぐにソフィも並んでいる料理を見て嬉しそうに返事をするのだった。
ソフィとリーネが嬉しそうに会話する表情とは対照的に、一番奥の席でブラストは不機嫌そうに見える態度でヌーを睨みつけていた。
この両者はかつては敵対していた者同士であり、このリラリオの世界でも一度は殺し合いを行いかけた事もあって、ブラストも色々と思うところがある様子であった。
ただそれでもブラストはソフィの前という事もあって、何かを口にする事もなく、あくまで睨みつけるに留めているのだった。
もちろんヌーもブラストの視線には気づいていて、その視線に彼も最初は合わせていたが、直ぐにブラストから視線を外すと、用意されている席に先にテアを座らせようと椅子を引いていた。
「――」(凄い! ヌー、どれもとても美味しそうだぞ!)
用意されている席に座らせてもらったテアは、目の前に並ぶ料理の数々に目を輝かせながら、興奮気味にそう口にするのだった。
「彼女、何て言っているのかしら?」
リーネはテアが料理を前にして何を口にしたのか気になった様子で、彼女の隣に立つヌーに訊ねるのだった。
「ああ……。こいつは料理がとても美味しそうだと喜んでいやがるんだ。アンタが料理を用意してくれたのか?」
「え? ええ……。正確にはヒノエさんと六阿狐ちゃんにも手伝ってもらったのだけど。あ、もしかして何か苦手なものでもあった?」
テアの言葉の通訳を聞いたリーネは嬉しそうに顔を綻ばしていたが、何やらヌーが険しい表情をしながら料理を見ていた為に、何か嫌いなものがあったかもしれないと心配そうに訊ねる。
「いや、そう言うわけじゃない。アンタらには悪い事をしたと思っていただけだ。アンタもソフィの野郎から話を聞いていただろうが、元々は俺が晩飯を用意すると約束していたのに、結局何も用意出来ずに身体を診てもらった挙句に料理まで用意させちまったからな。ワリィな、借りは明日までに必ず返すからよ」
「!?」
「ああ、そういう事か。全然気にしなくていいわよ? さ、それじゃ冷めない内に食べましょう! いっぱい作ってあるから、おかわりしてね」
そう言ってリーネがヌーに微笑みかけると、彼は真剣な表情を浮かべてリーネに首を縦に振るのだった。
(こ、こいつは驚いた……。もし、リーネ様が作られたご料理に文句の一つでも言いやがったら、この俺が消し炭にしてやろうかと思っていたが、この野郎は文句を口にするどころか感謝の言葉を告げやがった……! どうやらソフィ様が仰られたように、色々な面でこいつは変わったようだな。まだ完全に信用したわけではないが、一緒に居る間ぐらいは普通に接しても良いのかもしれん)
ソフィの言葉を信用していなかったわけではないブラストだが、彼自身『最恐』の大魔王に対しては、共に居なければならないのだとしても、ここに居る間は決して自分から声を掛ける事をせずに居ようと決め込んでいた。
しかしリーネに予定を変えてしまった事を素直に謝罪するヌーを見て、ブラストも態度を変えざるを得なくなったようであった。
…………
そして奇妙な空気間の中で行われた食事だが、リーネやソフィが皆に声を掛けていく中で、徐々に空気も良いものに変わっていき、少しずつではあるがヌーもソフィやテア以外の者達と会話を交わし始めていった。
特にヌーはヒノエとはそれなりに会話も弾ませていて、いつしかヌーも笑い声を上げ始めていた。どうやらヒノエの性格も相まって、彼女のする会話はヌーにとっても居心地よく感じられた様子である。
やがて全員の皿から料理がなくなる頃を見計らい、リーネが立ち上がって全員分の食器を纏めて洗い場へ持っていこうとすると、直ぐに六阿狐も立ち上がってまたもや手伝いを申し出る。
リーネは六阿狐に笑顔で礼を口にすると、二人はそのまま仲良く洗い場の方へと歩いて行った。
…………
まだ場の空気が緩んでいる中、ソフィは遂に気になっていた言葉を口にし始めた。
「ヌーよ、お主がやられた時、視界に攻撃を仕掛けたであろう『存在』の姿はあったのか?」
「いや……。完全に姿はなかったな。あの距離であれば、最初から気づいていなければ『漏出』でも使わねぇ限りは、大魔王連中でも何をされたか気づかぬままやられちまっていただろうな。俺でも気づくのが遅れて『三色併用』はやられる寸前のギリギリのタイミングで使った程だった」
「そうか……。では相手の強さは『魔神級』……いや、それ以上で間違いなさそうだな」
ソフィは十中八九、ヌーに仕掛けた相手は『魔神』だと思い込んでいるが、それでも客観的に強さを置き換えて『魔神級』以上と言葉にしたのだった。
この場で話を聞いている他の者達も空気を呼んで黙り込んでいるが、ヒノエは元の世界から持ってきていた自分の房楊枝を咥えながらもソフィ達の話に耳を傾けていた。
ブラストもヌーの口から自分が今試行錯誤しながら覚えようとしている『三色併用』という『魔』の技法の単語が出てきた事で、眉を寄せながら真剣に話を聞いていた。
「ああ……。今思い返してみても、今の俺が太刀打ちできる相手じゃねぇのは確かだ。アレは俺が今戦おうとしているフルーフの奴や、大賢者だったミラの野郎でもどうしようもねぇと思える程の差があると感じた。アレはお前や、王琳の野郎達が居る領域で間違いない。情けねぇが手も足も出ねぇってのはこの事だと実感しちまった」
「――」(ヌー……)
隣で再びヌーが弱音を吐き始めた事で、テアが心配そうな表情を浮かべて彼の名を呟き始める。
「全く……、らしくねぇな」
そう言って口で房楊枝を咥えたまま、自分の酒をヌーが呑んでいたコップに注ぎ始める。
「アンタ、これから大一番を控えているんだろ? だったら、そんな野郎の事なんざ今は忘れろよ」
「あ?」
さっきまで気を許していたヒノエに対して、ヌーは不機嫌な声を上げながら睨みつけるのだった。
「アンタはさっき、自分で手に負えねぇ相手だと言っていやがっただろう? だったらそんな相手の事なんざ忘れろって言ってんだよ。今はそんな格上の事を忘れて、戦わなきゃならねぇ相手の方に集中しろって言ってんの! ほら、せっかくこの私が注いでやってんだ、四の五の言ってねぇで、さっさと呑めよ」
「……ちっ!」
蟀谷に青筋を浮かべながらヒノエを睨みつけていたヌーだったが、彼女の言い分が正論だと認めたのか、納得したくないと言わんばかりに、言葉の代わりに注がれたコップを手に持って一気に呑み干し始めるのだった。
「お、良い呑みっぷりだねぇ! リーネ殿が出してくれたエール? と違って、私らの世界の酒だ。とっても効くだろぉ?」
ヒノエがヌーに注いだ酒は、ノックスの世界のキツい酒なのだった。
「へっ! 俺様には丁度いいぐれぇだ。もっと呑ませろや!」
「ふふ、そうこなくちゃな」
ヌーの啖呵にヒノエも房楊枝を口で器用に上下に動かしながら、上機嫌で酒を注いでいく。
そんな二人の様子にソフィとブラストは顔を見合わせた後、自分達も笑みを浮かべ合いながら『リラリオ』のエールを酌み交わし始めるのであった。
……
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