2152.絶望的な表情を浮かべる大魔王ヌー
大魔王ヌーはソフィに『救済』の魔法を使ってもらった後、本人はもう大丈夫だと言っていたが、念のためにと休ませようとするソフィとリーネの説得によって、屋敷の空き部屋に運び込まれてヌーは強制的に休養を取らされるのだった。
そしてそれから少しの時間が経った後、ソフィは一人でヌー達の元に向かおうとしたのだが、そこで六阿狐とヒノエ、そしてブラストにも付いて行きたいと口にされた事で四人でヌー達の元へと向かう事になった。
ソフィ達が部屋の前に到着し、中に居るヌー達に部屋に入っていいかと尋ねると、直ぐに中からテアが出てきて部屋の中へと通してくれるのだった。
ソフィは部屋に通されて直ぐ、ベッドで体を起こし始めたヌーの顔色を窺って、もう問題なさそうだと判断して口を開き始めた。
「それで気分はどうだ? もう体調は大丈夫なのか?」
ヌーはソフィの隣に居るブラストの姿を確認して小さく舌打ちをしたが、ソフィの言葉に返事を行おうと口を開き始めるのだった。
「ああ……ワリィな。まだ『魔力枯渇』を引き起こしちまった影響で吐き気は残っているが、それでも『魔力』が回復している感覚も感じているし、お前の『魔法』のおかげで身体も何も問題はねぇよ」
その言葉を聞いたソフィは良かったとばかりに頷いたが、ソフィの隣に居る大魔王ブラストは、あのヌーが主であるソフィの言葉に感謝と謝罪の言葉を素直に口にした事に、動揺を隠し切れずに訝しむように眉間に皺を寄せるのだった。
「ふむ……。しかしお主、何があったのだ? 昼間の連絡ではお主は『ミールガルド』大陸の港町に居たと言っていたと記憶しておるが、そこで何者かに襲撃されでもしたというのだろうか?」
ソフィは質問を行いながらもあのノックスの『妖魔山』でも堂々と歩いていたこのヌーが、このリラリオの世界、それも魔族達の大陸である『ヴェルマー』大陸よりも、比較的安全だと思える『ミールガルド』大陸でこのような目にヌーが遭ったという事が信じられなかった。
「まぁ、襲撃された事自体は、あの大陸に着いてからも何度かあった事は確かなんだがよ……」
何処か言い辛そうに言葉を選んで口にし始めたヌーに、ソフィは『何故あの大陸で、短時間の内に何度も襲撃されるような事態になるのだろうか……』と胸中で呟くのだった。
「俺がこんな状態に陥ったのは、てめぇが忠告してきやがった『クッケ』の町付近の山脈に近づいちまったからだ……」
ソフィに決して近づくなと言われた手前、とても言い難そうにしていたヌーだったが、結局は素直にこうなった原因をソフィに伝えたのだった。
その言葉を聞いたソフィは、呆れるように溜息を吐いた。
「全く、お主という奴は……。我の忠告を覚えていて何故わざわざ『クッケ』に近づいたのだ……?」
「うるせぇな……。あんな言われ方をすりゃ誰でも気になるだろうが! それも他でもねぇお前に言われりゃよ……」
そう言って拗ねるように口を尖らせながら、腕を組んでソフィを睨みつける大魔王ヌーであった。
ソフィの隣に居たブラストは、主に向かって文句を告げるヌーに反感を持ったが、同時に『クッケ』の町という言葉を聞いて、かつてこの世界に訪れた直後、ソフィがその『クッケ』近くの山脈で『魔力』を恐ろしい程までに高めていた時の事を思い出すのだった。
(そう言えばあの時、ソフィ様が『煌聖の教団』者達に激しい怒りを向けられていた時に居た場所が、ミールガルド大陸の『クッケ』近くの山脈だった筈。これは偶然なのだろうか……?)
あの時の事は、ソフィから直接『煌聖の教団』の事を考えていたのだと聞かされていた為、今回の事に関しては何も関係がないのだろうとは思いつつもブラストは、果たして本当に偶然なのだろうかと一人勘ぐるのだった。
「まぁ、我も中途半端に忠告を行ったのが悪かったかもしれぬ。我も詳しい事は分かっておらぬのだが、少し前にミールガルド大陸にある『ルードリヒ王国』の国王に呼び出された事があってな、向かう途中に我も『クッケ』の山脈付近で異様な視線を感じ取った過去があるのだ。その時はユファの奴も一緒に居たのだが、どうやら我達に対しては『敵意』のようなモノを向けては来ていなかったようで、別に何も問題なくその時は終わったのだが、後になって考えると、あの視線はここに近づくなという『何者』かの警告だったのやもしれぬ」
「何者かによる警告……か。ああ、確かにそう言われてみれば、俺に対してもそんな視線だった気がするな。俺達の場合はてめぇや一緒に居たという『災厄の大魔法使い』とは違って、明確にその山を目指して進んでいたからな……」
「我達の時よりも、少しだけ山に居る者の『警告』のレベルが上がった結果というわけか……。しかし今のお主に対してあっさりと無力化させる事が出来る存在が居る事に驚きだな……」
そう話しながらもソフィは、現在は少しだけその視線の正体に心当たりがあり、少し前に神々が通る道とされる『次元の狭間内』で出会った『変化の魔神』の事を思い出していた。
(前回レキの奴と戦ったのは、ヴェルマー大陸だった筈だがな……。つまりは『変化の魔神』とやらの監視対象とは『レキ』とは別の存在なのだろうか……? いや、それともやはり視線の正体が『変化の魔神』ではないという線もまだあるか?)
『変化の魔神』ではないとすると、それこそ今の大魔王ヌーを簡単に無力化させられる存在が『リラリオ』の世界の『ミールガルド』大陸に居るという話に戻る為、それはそれでまた脅威のある話だと考えるソフィであった。
「あれは明らかにてめぇ達の領域のバケモンだ。どう足掻いても勝ち目はねぇって直ぐに気づかされちまったからな……。というかテアが居なけりゃ、俺はあのまま死んでいてもおかしくなかった」
そう言ってヌーは、テアの方を向いて儚げに笑みを浮かべるのだった。
「――」(私は絶対にお前を死なせねぇよ! ま、でも悔しいだろうけど、もうあそこには当分近づかない方がいいと私は思うよ……)
ヌーに危害を加えられそうになって、今も少し苛立ちを募らせ始めたテアだったが、自分達では勝ち目がないと分かっている様子で直ぐにそう言って、ヌーに忘れさせようと諭すテアであった。
「分かってる……。しかしフルーフとの一戦の前に嫌な気分にさせられちまったぜ。折角美味い魚を大量に貰ったってのに……よ? あ、て、テア……、お前、魚どうしたっけ……?」
「――」(知らないよ! お前が持っていたんだろ? それにあんな状況になって、お前を助けるのにこっちは必死だったのに『魚何処かなぁ?』 何て、悠長に探している暇なんてあるわけないじゃんか!)
テアの言葉を聞いたヌーは、この世の終わりのような表情を浮かべ始めるのだった。
「や、やっちまった……! ソフィ、ワリィな……、ここでてめぇらと食う予定だった魚を置いてきちまった……」
「そ、そうか……。ま、まぁ、それは仕方あるまい? 今はお主が無事だった事を喜ぼうではないか……!」
心配になる程の絶望的な顔を浮かべて、両手で顔を覆い始めたヌーにソフィは、直ぐにそう言って元気づける。
そしてソフィは重ねて『よっぽど楽しみにしていたのだろうな』と、今のヌーの心境を察し始めるのだった。
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