2150.感情が豊かになったブラスト
リーネが六阿狐と共にリビングに戻って来ると、直ぐにリーネに気づいたソフィが声を掛けてくるのだった。
「おおリーネよ、降りて来たか。少し聞いてもらいたい事があるのだが、今良いだろうか?」
「ん? ええ、構わないけど……?」
普段より少しだけ慌てている様子のソフィの顔を見て、一体何があったのだろうかと首を傾げながらリーネは返事を行った。
「つい先程の事なのだが、前からお主に話しておったヌーから『念話』での連絡が入ったのだ」
「ああ、そういえば昨日そんな事を言っていたわね。確か『レパート』っていう世界にその方と共に貴方も付いて行くっていう話だったかしら?」
「うむ。何時来るかはあやつ次第との事だったのだが、先程の連絡であやつはどうやら『コーダ』の港町に寄っていたようでな、それで大量の魚を手に入れたらしく、今晩うちで酒盛りをしたいようなのだが、構わぬか?」
「ええ、もちろん構わないわよ。まだ夕食の準備をしていないしね。それにもうその方に返事をしたんでしょ?」
「いや、食事に関してはお主の都合を聞いてからにしようと思っておったのでな。まだ屋敷に来るのを了承しただけに留めておる。またこちらから『念話』をすると伝えてあるが、では今晩はあやつが持ち込む魚で構わぬな?」
「ええ、私は構わないけど……。ヒノエさんと六阿狐ちゃんもそれで良いかしら?」
一緒にリビングで話を聞いていた彼女達も、直ぐに構わないとばかりに頷きを見せるのだった。
「じゃあ後はベアちゃん達とブラストさんだけだけど……足りるかしら?」
「うーむ……。あやつは大量の魚が手に入ったと喜々とした声を上げていたが、屋敷に居る人数をあやつは把握しておらぬ筈だからな。もしかすると全く足りぬかもしれぬな」
クックックとまるで他人事のように笑い始めたソフィに、リーネはこれみよがしに溜息を吐くのだった。
「そこはちゃんと確認して欲しかったわね。じゃあまぁ、ベアちゃんやハウンドちゃん達の分は別で私が用意しておくから、貴方達は魚料理メインにしなさい。どうせその方もお酒を呑むんでしょ?」
「うむ。あやつと酒を呑む約束を随分前から交わしていたのでな、ようやくその日が来たというわけだ」
「成程ね。じゃ、他にも色々とおツマミを作ってあげるから、楽しみにしてなさい」
まるでいつもの事だとばかりに、今度は小さく溜息を吐いて台所へ向かうリーネだった。
ヒノエと六阿狐は呆然とした様子で二人の会話を聞いていたが、リーネの姿が見えなくなった辺りで、ようやく我に返ったように口を開き始めた。
「す、すげぇ……。不自然なところが何一つない夫婦の会話だったな……」
「え、ええ……。突然のご連絡があったというのに、直ぐに受け入れて対応なされる……! 流石はリーネ様です!」
あっさりと対応をして見せたリーネに対してヒノエは凄いと感想を漏らして、六阿狐は台所に居るリーネに尊敬の眼差しを向けるのだった。
「では我は改めてヌーの奴に返事を……」
そう言ってソフィが直ぐに『念話』を送ろうとしたその時、勢い良くリビングの扉が開いたかと思うと、血相を変えながらブラストが入ってくるのだった。
「ソフィ様! あの大魔王ヌーがここにやって来るのですか! そ、それもソフィ様や我々と酒盛りをしにですか!?」
「う、うむ……。しかしお主、最近相当に感情を表に出すようになったのだな。昔のお主とは別人のように思えるぞ……」
昔からソフィや古参の『九大魔王』達に対しては、そこそこ会話を行う事のあったブラストだが、それでも一言や二言で会話が完結するような話し方であり、昨晩ミールガルドに向かった時や、今のように大袈裟に驚く事は過去にもあまりなかった為、ソフィは面食らったとばかりに驚いてそう告げるのだった。
「そ、そのような事を仰られている場合ではありませんよ! あの他者をたやすく陥れて、気に入らなければ直ぐに破壊して消滅させようとする大魔王が、ただ酒盛りをしにやってくるとは想像が出来ません! そ、それにソフィ様や我々は奴にとっては憎き敵の筈です……! 隙をついて仕留めようという魂胆なのかもしれませんよ!? す、直ぐに断るべきかと!」
確かに『ノックス』の世界で共に過ごしてきたソフィにとっては、これが裏のない普通の酒盛りなのだと信じる事が出来るが、過去のヌーしか知らぬブラストにとっては、とても信じられない出来事に映っても仕方のない事であった。
「クックック、そのように慌てずとも良い。少し落ち着くのだ、ブラストよ」
「し、しかしソフィ様……!」
まだ冷静さを欠いている様子のブラストは、ソフィが窘めてもまだ収まりがつかぬようであった。
「安心するが良い。この我はあやつと共にずっとノックスの世界を旅しておったのだ。あやつと酒を呑むのもこれが初めてというわけでもないしな」
ソフィはそう言いながら、ノックスの世界の『旅籠町』での出来事を思い出すのだった。
「そ、そう言えば……」
ようやくブラストも冷静さを取り戻し始めたようで、確かに少し前まであの大魔王と自分の主が一緒に同じ世界で過ごしてきていたのだと理解を示した様子であった。
「クックック、あやつは新たな出会いを果たしてから相当に変わったのだ。まぁ、何も言わずともお主も今のあやつを見れば直ぐに分かる事だ。ここは我を信じてあやつが来るのを待つが良い」
主であるソフィにそう言われてしまえば、ブラストも従わざるを得ない。
「わ、分かりました……。ソフィ様がそう仰られるなら……」
「大丈夫ですよ、ブラストさん! 何かあったとしても私やブラストさんがしっかりと付いていれば何も問題ない筈ですよ! ね?」
にこりと笑ってそう告げてくる六阿狐に、ブラストも二度三度と目を瞬かせたが、直ぐにそんな六阿狐に笑みを返すのだった。
「そうですね。あやつが何か企んでいようと、私と六阿狐殿が居れば何も心配する事はないのは確かです。奴が何か良からぬ行動を取り始めた時は、その時はよろしく頼みます」
「はい! 任せて下さい!」
そう言って二人は手を取り合いながら頷く様子を見て、この光景こそが過去のブラストからはとても信じられないものだと考えたソフィであった。
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