2148.傍に居るだけの有難さ
やがてこの場を用意したリーネは、ソフィとヒノエをしっかりと見た後に席から立ち上がった。
「……二人で話したい事もあるだろうから、私は一度席を外すわね。ヒノエさん、最初に言った事だけど、本当に大事な事はしっかりと話し合う事よ。相手に迷惑だからと話す前から諦めていたら、本当に自分一人だけが後悔し続ける人生になっちゃうわ。この先ソフィも私も貴方からの話には、どういう話にだってしっかりと相談に乗るし、乗った後にどう結論を下すにしても、絶対に穿った考え方を私達が持つ事はないから、それだけは忘れないで何でも相談してね?」
「り、リーネ殿……!」
そう告げたリーネは慈しむような表情をヒノエに向けた後、ソフィの方を一瞥して、にこりと笑って部屋を出ていくのだった。
ヒノエはリーネの姿が見えなくなるまで彼女の背中を視線で追った後、ぐしぐしと涙を拭いた後にソフィの方を向いて口を開いた。
「ソフィ殿、リーネ殿は……あ、あんなにしっかりしていて、本当にまだ十代なのか?」
「クックック、信じられぬであろう? だが、リーネもこれまで相当な苦労をして生きてきたのだ。詳しい事はあやつが居る時にまた話そうと思うが、あやつもあの年で自分がしっかりしなければと思わなければならぬ事情があったのは他でもない事実だ」
「なるほど。まぁ、その辺の話はまたゆっくりと訊かせてもらうとして……、ソフィさん! こ、これから改めてよろしく頼みます! わ、私も貴方の為に頑張りますから!」
ソフィの呼び方を少しだけ変えたヒノエは、頬を赤らめながら『未来の旦那様』にそう告げたのであった。
「うむ、我の方こそよろしく頼む。共に楽しく生きていこうではないか、ヒノエよ」
そしてソフィの方もヒノエが自分の呼び方を変えたを鋭敏に感じ取り、自らもヒノエの事を呼び捨てにしながらそう声を掛けたのだった。
「……はい!」
にこりと笑って嬉しそうに返事をするヒノエだった。
……
……
……
部屋を出て自室へと向かおうとしていたリーネだが、その足をふいに止めた。何故なら六阿狐が自分の部屋の前に立っていて、じっとこちらを見ていたからである。
「六阿狐ちゃん……?」
「リーネ様。もしお嫌でなければ、これから少しの間だけ貴女の傍に居ても良いでしょうか」
「……ええ、構わないわ。中に入って頂戴?」
そう言って自室に六阿狐を招き入れたリーネだが、部屋に入った後も六阿狐は、何かを言いたそうな表情を浮かべながらも決して何も言わず、ただじっとリーネから離れようとせずに傍にいてくれたのだった。
幼少期から苛烈な環境を過ごしてきたリーネは、他者の感情の機微を少しであっても鋭敏に感じ取る事が出来てしまう。
だからこそ今の六阿狐がどういう気持ちで傍に居てくれているのか、それを痛い程に感じ取ったリーネは泣きそうな表情を浮かべながら、やがて口を開いた。
「六阿狐ちゃん、ありがとね……?」
「……前にもお伝えしたと思いますが、私は何があっても貴方を応援すると決めています。だから、今だけは貴方のお傍に置いて下さい」
慰める言葉を口にするでもなく、六阿狐はただリーネの傍に居させて欲しいと告げる。
その六阿狐の優しさは、今のリーネには何よりも有難く感じられた。
「ええ、ありがとう――」
――だからこそリーネは、再び感謝の言葉を六阿狐に告げるのだった。
しっかりしているように見えてもリーネはまだ十代半ばの少女である事に変わりなく、初めて自分に出来た大切な人に、新たに大事な人が出来た事を表面上は喜んでいながらも、経験した事のない知らない感情が、彼女の中を覆い始めていたのだった。
やがて窓明かりに照らされた部屋の中で、リーネの鼻をすする音を聞きながら六阿狐は、じっと唇を噛みしめながら、しかし何も言葉を掛けるでもなくじっと目を伏せて、リーネの傍に居続けるのであった。
王琳に『側近』と認められた『妖狐』一族の『六阿狐』は、陽の光が差し込む『暗い部屋』の中で、恐ろしい眼光をギラつかせながらも、ただじっと『リーネを守るように』立ち続けたのだった。
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