2145.刹那の視線
店を出たヌー達はそのままコーダの町を離れて直ぐに空を飛び始めて、目的地である『クッケ』の町がある方面へと向かい始めるのだった。
クッケの町がある場所はコーダの港町からはだいぶ離れており、馬車便でも使わなければ今日中に辿り着く事は出来ないとニーアに教えられたが、ヌー達は空を飛んで移動を行う事を可能とする為、ニーアが抱いた心配を何も気にする必要もなく機嫌よく空を飛んで移動するのだった。
どうやらヌーはコーダの町の事を相当気に入った様子であるが、それは単に美味しい食事が出来たからというわけではないのは、テアには直ぐに分かっていた。
(こいつのこんなうれしそうな顔は『ノックス』の世界に居た時でも数回くらいしか見た事なかったほどだ。どうやらさっき港町の店の主人に、いつでも大歓迎だと言われたことが相当嬉しかったんだろうな……)
ソフィとの『念話』を行った後に店の中に入ってきた後に浮かべていた険しい顔は何処へやら。今のヌーは前を向いたまま満足そうに口角を上げていた。テアはそんな気分良さそうに空を飛んでいるヌーを揶揄う事もなく、今みたいにずっと共に楽しく居られたらいいなと自分もまた嬉しそうな表情を浮かべるのであった。
それからテアもヌーも相当の時間空の上を飛んでいたが、互いに会話もなかったというのに、お互いに心地良く空の上の時間を過ごすのだった。
…………
やがてヌーとテアは『ニビシア』から『コーダ』の町に移動するより長く空の上での移動を行い、遂に『ルードリヒ』領内に入るのだった。
「どうやら国境を越えたようだな。あの冒険者が言っていた通りなら、ここからが『ルードリヒ』王国領らしいな。ここに来た当初、ソフィも二つの国家がこの大陸にはあって、ルードリヒ王国領内にクッケの町があると言っていた。つまりはそろそろ見えてくる頃かもしれねぇな……」
「――」(確かクッケの町の近くの山脈に何かあるって、ソフィさんは言っていたんだろ?)
「ああ、絶対に近寄るな……とも言っていやがったがな」
「――」(どういう意味なんだろうな……? この世界はお前の生まれた『アレルバレル』って世界や、少し前に居た『ノックス』の世界に比べてもこれといった危険性を感じないし、国境を跨いで国が変わっても瘴気が発生している場所とかもないし、とてつもなく強い戦力値を持った存在も感じないけど)
「……」
ヌーもテアの言葉に返事はしなかったが、彼も同意しているのだろう。ケビン王国領に居た頃よりも注意深く辺りを見回したりしているが、何も発見出来ていない様子なのが見て取れる。
「てめぇの言う通り、戦力値の高い奴もいねぇが、魔力値も大した奴を感じられない。ハッキリ言って『アレルバレル』や『ノックス』の世界じゃ、これだけ接近すれば否が応にも何かしら強い野郎が居ると判断出来たが、そういうのも全く感じられねぇな……。ソフィの野郎は一体何を考えていやがっ……ん?」
「――」(ヌー? 何だ、どうかしたのか?)
突然喋っている最中に無言になったかと思えば、これから向かおうとしているクッケのある方角の先を見つめたまま、何かを探る様子を見せ始めたヌーをテアは訝しんで声を掛けた。
「いや、僅かに一瞬『魔力』の高まりを感じられた気がしたんだがな……」
「――」(私には何も感知出来なかったし、今もお前の見ている方角の先を探知して見てるけど何もないぞ?)
(確かに一瞬何かを感じた気がしたが、俺が反応するより先に完全に最初からなかったかのように消す何て真似は『エイジ』や『シギン』の野郎クラスでもなけりゃ不可能だろうしな……。それもソフィ達の居やがる方角の大陸ならまだ分かるが、この大陸ではこれまでの奴らを見てきて有り得ねぇと断言が出来る程だ。やっぱり俺の勘違いだったか? まぁ、一応確かめてみるか……)
――『三色併用』。
ノックスの世界に辿り着いた頃であれば、確実に行えなかった『魔力コントロール』を用いたヌーは、一瞬の内に『金色』『青』『紅』の三色のオーラを纏わせて『魔力探知』までもを一連の流れの中に組み入れて、これまで見ていた方角を更に詳しく探し始める。
オーラを纏う前でさえ、この大陸ぐらいの広さであればヌーが真剣に探知すれば、それなりの力量を持っている者であっても見つけられる程だったが、今の状態であれば、まず間違いなく見逃す事はないと言える程の精密性で探知を行う。
「……やっぱ、何もねぇ……――かっ!?」
ニーアに教えられたクッケの町に居る人間達すら感じられる程の精密性を現実のものとしたヌーだったが、そのクッケの町の近くの山の深い場所まで見渡した時、ヌーは逆に何者かに視線を合わされたような感覚を覚えたかと思えば、そのまま目の前の視界がぐにゃりと歪み吐き気を催し始めた。
突然に目の前でヌーの身体がフラつき始めたかと思えば、そのまま空から落ちそうになるのを見たテアは、慌ててヌーの元に駆け寄ると、両手で必死にヌーの身体を自分の方へと抱き寄せるのだった。
「――」(お、おい! 大丈夫か!?)
「あ、ああ……。わ、悪い……」
空から落ちそうになるのをテアに救われたヌーは、いつものような余裕を見せるでもなく、大量の脂汗を流しながらテアに感謝の言葉を告げた。
「――」(……ヌー、悪いがここまでにしよう。今からソフィさんの元にお前を強制的に連れて行くぞ)
それを見たテアも直ぐに異常を察知し、一刻も早くヌーをこの場から離れさせようとするのだった。
「そ、その方が良さそうだな……。ちっ、駄目だ、身体に力が入りやがらねぇ……、ま、魔力も上手く練れねぇ」
「――」(分かってる。安心しろ、お前には私がついてる)
目の前でヌーが身体をフラつかせ始めた時には、すでに彼のオーラが消えかけていたのも理解していたテアは、すでにヌーが何者かの干渉を受けていると判断し、一瞬の内にクッケのある方角に背を向けると、元の来た空の先を見据えて、全速力でその場からヌーを抱えて立ち去るテアであった。
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