2143.見上げるとそこには、手の届かない青い空
テアを食事処に残して店の外に出て来たヌーだが、何かあれば直ぐに迎えに行けるように店の前に陣取ると、そのままソフィに向けて『念話』を試みるのだった。
(おい、聞こえるか?)
(むっ、聞こえておるぞ。もうレパートに向かう準備が整ったという事だろうか?)
ヌーが念話を送った後に少しの間があったが、無事にソフィの返答の念話が入るのだった。
(いや、まだもう少しこちらの大陸を見て周りてぇと思っていてな。まぁそれでも今晩中にはテメェの元に向かうつもりだが、そこでちっとてめぇに話があってよ……)
ソフィは普段と違って何処か言い淀む様子を見せるヌーに、何かあったのかとばかりに真剣に『念話』に集中し始める。
(その、なんだ……。てめぇは前に俺と酒を酌み交わしたいとか抜かしていやがっただろう? その気持ちはまだ残っているのか?)
(何……? それはもちろん気持ちは変わっておらぬが、一体どうしたというのだ?)
何かミールガルド大陸でトラブルが起きたのかと考えていたソフィは、ヌーから思いもよらない言葉を掛けられた事で訝しむように問いかけるのだった。
(テアと一緒に美味い飯でもと考えてよ、魚料理を探してコーダとかいう港町に辿り着いたんだが、そこでてめぇの知り合いだとか言っていた人間にとてもじゃねぇが、テアと二人じゃ食いきれねぇ程の魚を貰っちまったんだ。そこで前にてめぇが言っていた言葉を思い出してよ、まぁどうせ合流するなら一石二鳥だと考えてな……。てめぇらにも都合があるだろうから、昼間の内に伝えておいてやろうと思ったわけだ……)
ヌーはソフィに『念話』を飛ばした後、一体いつの間に俺はこんな事をソフィと話す仲になったんだろうかと胸中で疑問を呟きながら、言ってしまった以上は仕方ねぇとばかりにソフィからの返事を待つのだった。
すると再び少しの間があった後、ソフィからの返答が返って来るのだった。
(お主は本当に驚く程にタイミングが良いな。実は我らも少し前にミールガルド大陸のグランという町に用事があってな、そこで『レグランの実』を手にして帰って来たばかりだったのだ。もちろんお主と酒を呑む事に反対はないぞ。ああ、しかしこちらにはブラスト……『九大魔王』の者とも席を共にする事になるが、それはお主的には構わぬのだろうか?)
(ブラストか……。まぁ、別に酒を酌み交わすくれぇは構わねぇよ。そっちが何もしてこねぇと約束するなら、だがな……)
そう返事を行ったヌーだが、直近でこの世界で最後に『九大魔王』と戦った相手が『ブラスト』であり、こっちは良くても、あっちが素直に了承するのかと新たに疑問を抱いたヌーだった。
(それなんだがな、早めにお主に伝えておかねばと思っておったのだが、今回のフルーフとの一件の後、お主は我がもう一体の『九大魔王』である『イバルディ』の世界に向かう時に我達を運んでくれると口にしたであろう?)
それは今回のフルーフとの一戦を行う間、ソフィや精霊女王といった他の面々をアレルバレルからこの世界に来てもらう条件として、ヌーがソフィに交換条件を提示した話であった。
(ああ……。忘れちゃいねぇよ。無事に奴との一戦を終えればの話になっちまうが……な)
フルーフとの戦いは単なる試合ではなく、本当に命のやり取りが行われる戦闘である。
もちろん勝つ前提で居るヌーではあるが、相手がフルーフだけではなく『死神皇』といった存在が居る以上、勝てるとは思っていても確実性は何処にもない為、下手をすれば死んでしまって条件を果せず仕舞いになるかもしれないという意味で、ヌーはソフィにそう告げたのだった。
(うむ……。それも今夜、お主と会って直接言いたい事があるのだが、まぁ今は置いておいても良いだろう。それでだな、その『ヨールゲルバ』とやらの世界に向かう時、ブラストも一緒に運んでもらえぬだろうか?)
(……まぁ、別に構わねぇよ)
またもや思いもよらない言葉であった為、ヌーも少し考える時間を取ったが、その後は渋々と了承を行うのだった。
(おお、そうか! すまぬな、どうやらブラストの奴はお主が想像以上に力を付けた事に焦りを感じていた様子でな、このままではまずいと考えて、お主のように別世界で何か強くなるキッカケを少しでも探したいようなのだ)
(ふっ、そういう事か。まぁ元々俺の方が奴よりは強かったが、それでも『九大魔王』の面々では『呪法』の離れ業を使いやがる『ディアトロス』の奴や、天衣無縫の『エヴィ』を除けば奴が一番俺と対等に近い技量を持ち合わせていたからな。ちっと見ねぇ間にこれだけ差が生まれちまえば、そりゃ奴も気が気でなくなるのも無理はねぇだろうな。それにしてもそうか、そこまで奴は気にしていやがったか! ククッ! 今夜は想像以上に美味い酒が呑めそうだな、オイ?)
(クックック! 程々にしてやるのだぞ? あやつとてお主と同じで強くなるのに真剣なのだ。だからあまり揶揄ってやらぬ事だ)
そのソフィの言葉を聞いたヌーは、上機嫌な表情を元に戻し始める。あまりにもソフィの物言いが他人事のように聞こえた為である。
――そしてこの時、ヌーは悟る。
ソフィにしてみれば今の相当の成長を果たした自分と九大魔王のブラストは等しく、そこにはまるで大きな差は感じてはいないのだろうと――。
だからこそソフィは、自分の配下に対して告げられた言葉にも、ここまで寛容な様子を見せて笑っているのだ。
その事に気づいたヌーは、先程までの上機嫌な様子がなくなり、今度はもやもやとした気持ちを抱えながら溜息を吐くのだった。
(……とりあえず、今夜てめぇの元で晩飯を取るからよ。せいぜい美味い酒を用意しておくんだな)
(うむ、早めに知らせてくれて感謝するぞ。リーネの奴にも伝えておかねばならぬからな)
(ああ、それじゃまた追って連絡する。じゃあな)
その言葉を最後にヌーはソフィとの『念話』を切るのだった。
そして彼はそのまま空を見上げ始める。
――リラリオの空は彼が過ごしてきたアレルバレルの『魔界』の空とは大きく異なり、そこには少しも淀みなどはなく、とても青く澄み渡っていたのだった。
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