2136.大魔王ヌーVSAランクパーティの紅蓮の魔導2
潮の香りに誘われるがまま『コーダ』の町に辿り着いたヌー達の前に、先日ソフィと再会を果たしたばかりのニーアと、そのニーアの現在の仲間達である『紅蓮の魔導』が現れて、道を譲る譲らないの言い合いから喧嘩へと発展しかけているのだった。
大魔王ヌーも先程までは、口では相手を煽るような言葉を吐いてはいたが、我慢が出来なくなる程に苛立ちを見せていたわけではなかった。
だが、この『紅蓮の魔導』の冒険者パーティに属する者の一人である『レオル』という戦士職の男が、依頼達成の時にもらった大量の魚が入った籠を地面にぶちまけた事で、先程までの言い争いとは比較にもならない程にヌーは苛立ちを募らせていた。
その怒りは彼が単に魚が好きだからという理由ではなく、かつて彼が生きてきたアレルバレルの世界での食事事情も関係していたようである。
そんな怒りに満ちているヌーの前に、勲章ランクBではあるが『紅蓮の魔導』の攻撃の要であった前衛を務める『レオル』が、思いきり拳を握ってニーアの制止の言葉を振り切り、そのままヌーを殴りかかろうと突進してくるのだった。
「はぁっ!!」
やがてヌーの目の前まで迫ったレオルは、拳に何やらオーラのようなものを宿らせてヌーを殴ろうと振り被り始める。
それを見て制止を呼び掛けていたニーアが、再び口を開いた。
「ま、まずいっ! 勲章ランクが優れている冒険者が相手でもないのに『闘応気』まで用いるなんて……!」
ニーアはこのままでは『紅蓮の魔導』のメンバーが、取り返しのつかない事をしてしまうと判断し、何とかしてヌーを守ろうと物凄い速度で『障壁』を展開しようとする。
それは効力の規模というよりも、僅かにでも被害を軽減させようとしたのだろう。ニーアの『障壁』は無詠唱で発動されて場に魔法陣が出現し始める。
この後にニーアが魔力を乗せれば直ぐ、効力が発動するだろうというそのタイミングであった――。
何とヌーの顔に目掛けて振り下ろされたレオルの拳は、ヌーの右手で易々と止められるのだった。
「なっ!?」
「え……!?」
直接ヌーに拳を掴まれたレオルは勿論の事、障壁を使ってヌーを衝撃から守ろうとしていたニーアまでもが、驚きの声を上げるのだった。
がっちりとしたヌーの大きな手の中で止められたレオルの拳は、どれだけ力を込めようとも動かす事が全く出来なかった。
「……今すぐにてめぇがぶちまけやがった魚を拾って謝れば、半殺しで済ませてやる」
そのヌーの言葉に横でつまらなさそうに眺めていたテアは、そこでようやく反応を見せるのだった。
「――」(おいおい、マジかよ! 敵意を見せられた挙句に殴りかかられてもまだ、お前が許そうとするなんて、私は本当にびっくりだぞ!?)
これまでのヌーを知っているテアは、確かにソフィの配下達である面々の驚きようにもある程度の理解は示せていたが、流石にここまでされてしまえばヌーも皆殺しにしない理由がないだろうなと判断して、この後はこいつらの魂をどうしようかなとか見当違いな事を考えていた『死神』のテアだったのだが、ここにきてまだ殺さずに許そうと選択肢を与えるヌーに、本当にお前は変わっちまったんだなと意識するのだった。
――しかしそれでも、レオルと呼ばれていた男はヌーの言葉を拒否するように、空いている方の腕に力を込め始めると、その拳の一撃に繋げる為に左脚を振り上げてヌーの横腹を蹴ろうとする。
――次の瞬間。
バキバキバキという音と共に、ヌーが掴んでいたレオルの拳を思いきり握り潰したのだった。
「う、うぐぁあああっ!!」
レオルはあまりの激痛に蹴ろうとしていた足を宙で止めると、そのまま前のめりに倒れかける……が、まだ拳を掴んだまま離さないヌーのせいで、倒れる事も出来ずに必死に涙目でヌーの方に視線を送る。
「うっ!?」
しかしヌーの怒りの形相を目の当たりにしたレオルは、自身の拳の痛みを忘れる程の恐怖心を植え付けられてしまい、逸らす事が叶わずにヌーの目を見続ける事しか出来ない。
「今すぐに拾え。殺すぞ――」
ヌーの言葉にレオルが直ぐに頷こうとした瞬間、唐突に周囲から『魔力』の高まりを感じたヌーは、レオルから視線を外して『魔力』の奔流を起こした者達の方に視線を向けるのだった。
――最上位魔法、……。
――最上位魔法、……。
そしてヌーが自身に向けて『魔法』を放とうとしている『リルド』と『エレナ』を一瞥した瞬間、その両者は共に白目を剥いて涎を垂らしながら、魔法陣を展開させながらも発動までする事が叶わず、そのまま膝から崩れ落ちた後に意識を失うのだった。
自分に敵意を向けてきていた勲章ランクAの魔法使い達を無力化したヌーは、更に回復魔法をかけようとしていた女性冒険者の杖を視線だけで粉々に砕いて『金色の目』でこちらも昏倒させた後、拳を砕いた相手であるレオルの方に視線を戻しながら、先程レオルが行おうとしていた行動をそっくりそのままお返しとばかりに、こちらは右脚でレオルの脇腹を蹴り飛ばすのだった。
「うぐぉっっ!!」
あばら骨が粉砕する音を響かせながら、レオルは宙の上で身体をぐるぐると回しながら飛んで行き、やがて頭から地面に叩きつけられた後、そのまま意識を失うのであった。
「れ、レオル、エレナ! そ、それにまさか……、リルドまでも!?」
『紅蓮の魔導』の中で一人だけ最後までヌーに敵意を向けず、仲間達が手を出そうとするのを止めようとしていたニーアだけが、この場で意識を保つ事となるのだった。
そして『コーダ』の町を行き交う多くの人々が、勲章ランクAが三人も在籍する『紅蓮の魔導』の者達が一方的に無名の男にやられるところを見て、一体この大男は何者なのだとばかりに足を止めて、いつまでも見つめていたのであった。
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