2131.二日目の朝を迎える者達
「……どうしてそう思われたのですか?」
すでに当たっているのだろうと確信している様子のリーネを見た六阿狐は、返答を先延ばしにしつつリーネに逆に訊ねるのだった。
「うーん、昨日六阿狐ちゃんたちが帰ってきてから夕食を終えるまでずっと、私とソフィを見た後にヒノエさんの方にも視線を向けていたでしょう? 私達を見る時の六阿狐ちゃんの視線とヒノエさんを見る時の視線があまりにも違いすぎたから、もしかしたらそういう事なのかなって思ったの」
六阿狐はリーネの言葉を聞いて、誰でも気づけるような分かりやすい視線を向けていたわけではなかった筈だと考えた後、あまりにもそのリーネの察しの良さに感嘆の溜息を吐くのだった。
「ご慧眼、恐れ入ります。仰られる通り、私はこの世界に来る前からずっとあの人間の事ばかり考えております。実は私、主の……王琳様の命令でソフィさんの護衛をする為にこの世界に赴いた事は間違いありませんが、その件とは別に、その……私はソフィさんの事を個人的にとても気に入っておりまして、あの御方には日々幸せそうに笑っていて欲しいと願っております。そしてそんなソフィさんは、ノックスの世界に居られます時から、リーネ様の事をお話になられる時、とても嬉しそうに、そして幸せそうに話されておりました。その時から私はソフィさんの奥方様は一体どれ程に素晴らしい御方なのだろうかといつも考えておりましたが、実際にこうしてお会い出来て、このように一緒にお話をさせて頂きながら食事を作らせてもらいましたが、やはりリーネ様はソフィさんの奥方様として実に相応しい御方であったと改めて理解する事が出来ました」
「は、はぁ……。そ、それは、どうも……!」
てっきりヒノエの話をされると考えていたリーネは、その前置きの段階で自分の事をこれでもかとばかりに持ち上げられてしまい、照れた顔を見られないようにとばかりに彼女は俯くのだった。
「ソフィさんも、リーネ様も大変素晴らしい御方で、とてもお似合いのご夫婦だと思います! だからこそ……、私はあのヒノエという人間の事が、今まではとても気に入らなかったのです……!」
その六阿狐の本音の言葉を聞いたリーネは、ようやくヒノエを見る時に六阿狐が険しい表情を浮かべていた理由を明確に理解するのだった。
「成程ね……、ん? 今までは?」
リーネは六阿狐の言葉尻に僅かな感情の機微を感じ取り、考えていた事を一旦棚上げしたままで、疑問をそのまま口にするのだった。
「はい……。実はお恥ずかしながら昨晩、あの人間の部屋で口論となりまして、お互いに色々と思いの丈をぶつけ合ったのですが、どうやら私は少しばかりあの人間の事を勘違いしていたようです。し、しかし、もちろんあの人間がどのような考えがあったにせよ、自分の都合を優先してリーネ様という奥方が居るソフィさんの元に押し掛けてきたのは覆しようがない事実ですし、その事に関しては私の言い分は決して間違ってはいない筈です……が、あの人間も弁えるところはちゃんと弁えていたみたいでして……。で、ですのでもう少しだけ、結論を急がずに待ってみようって思う事にしたんです……」
六阿狐は昨晩のヒノエとのやり取りの数々を思い出し、色々な感情を抱いていたが、そこでふとリーネの顔が先程までとは異なったものになっている事に気づくのだった。
「そっか……。六阿狐ちゃんは私の事を心配してくれていたのね。心配かけさせてごめんね……?」
「い、いえいえ、そんな! お二人はとてもお似合いで、あの人間なんかが割って入る場所なんて何処にもないと……――」
「でもごめんなさい、貴方のその言葉だけは容認出来ない。これはあくまで私たちの問題であって、ヒノエさんに私たちの間に入る場所があるのかどうかは、六阿狐ちゃんに決めつけて欲しくはないかな……?」
「あ、ぇっ……?」
思っていますと続けようとした六阿狐だが、その言葉を言い終わる前に、リーネに真剣な表情で決めつけて欲しくないと口にされた時、六阿狐の身に震えが走るのだった。
特別に何かリーネが変わったわけでもなく、口調も先程までとあまり変わらないものであったが、妖狐の中でも相当に位の高い六阿狐が、その身を固くしてしまう程の圧力をリーネから感じたのであった。
そして六阿狐は、ある事に思い至る――。
(そ、そうだ……! これ程までに察しの良いリーネ様であれば、直ぐにあの人間の考えている事なんてお見通しの筈。あのヒノエという人間は、今日リーネ様から結論の言葉があると言っていた。つ、つまりリーネ様は、私なんかには考えもつかないような事まで考えておられて、その上で改めてあの人間に何かを告げようとしていたんだ……! や、やっぱり余計な事を話すんじゃなかった……! リーネ様に嫌われてしまっていたらどうしよう……!)
リーネの視線と言葉の前に勝手に圧を感じた彼女は、このまま捨てられたらどうしようと余計な事まで考え始めて、あたふたと慌て始めるのだった。
「ちょ、ちょっと六阿狐ちゃん……!?」
ちょっときつく言ってしまったかなと考えていたリーネは、目の前で頭を両手で抱えて涙目になっている六阿狐を見て、そこまでショックを受けるとは思っていなかったとばかりに、こちらも慌てて声を掛けるのだった。
「も、ももっ、申し訳ありません! もう差し出がましい事はしませんから、許してください。お願いします、嫌わないで……、捨てないで下さい……!」
「えっ!? ちょ、ちょっと待って! だ、誰もそんな事言わないし、考えていないよ!?」
遂にぽろぽろと涙を流し始めた六阿狐を見て、リーネもどうしようとばかりにオロオロと周囲を見渡し始めるのだった。
――するとそんな中、ブラストが姿を見せるのだった。
「リーネ様、六阿狐殿、朝早いですね。おはようございま……っ!?」
欠伸をしながら現れたブラストは、リビングで涙を見せながら泣いている六阿狐と、その横で包丁を持って六阿狐の方を向いて立っているリーネに目を丸くして驚くのだった。
「は、早まってはいけません!! な、何があったのかは存じませんが、落ち着いて下さい、リーネ様!」
そう言って慌ててブラストはリーネの元に駆け寄り、包丁を持つ手を掴もうと手を伸ばしてくる。
「わわっ!? な、何をするんですか!! ち、近い! 近いですから!!」
…………
「一体何があったんだい?」
「我にも分からぬ……。何やら騒ぐ声が聞こえて下りて来てみれば、この有様であったのだ」
「ふーむ……。あ、それはともかく。おはよう、ソフィ殿!」
「うむ、おはよう。ヒノエ殿」
…………
朝から台所でバタバタと忙しく騒ぎ立てているリーネ達を尻目に、ほぼ同時にリビングに足を運んだソフィとヒノエは、屋敷に来て最初の朝の挨拶を交わすのであった。
……
……
……
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