2125.楽しいと思える時間
ソフィ達が屋敷に戻って食事を行っている頃、ミールガルド大陸にあるニビシアの町を後にしたヌー達だが、まだあまり時間が経っていない為、このままソフィと合流するのは早すぎると考えてどうするかと悩んでいたのだった。
「ちっ! そういや冒険者ギルドを調べる事に夢中になっちまっていたせいで、本来の目的だった『クッケ』とかいう町とその付近の山脈の事を結局聞きそびれちまったな。まぁ、最初からまともに話が出来るような状況になかったわけだし、ギルドまで案内しやがった奴は、そもそもソフィ絡みで俺に近づいてきたみてぇだし、どちらにせよ、まともに情報を得るのは難しかったか」
元々冒険者ギルドを目指した理由が、クッケの町の情報を得る事であったのだが、選んだ町が悪く、当初の目的を失念してしまったヌー達であった。
「――」(どうする? まだ町を出て直ぐの場所だけど、お前があんな真似をしちまった以上は、もうギルドには戻れねぇだろうしな……)
「そもそも戻るっていう選択肢がねぇよ。それに別にこの大陸に町は一つじゃねぇんだ。空を飛んで移動していりゃ、直ぐに別の町に辿り着くだろ。飛んで探すのが面倒になりゃ、さっきの町を見つけた時みたく、この大陸に居る連中の『魔力』を頼りにすればいい。時間はたっぷりあるんだしよ、この世界の空の景色を眺めながら、美味いモンでも期待して散策を続けようぜ?」
「――」(まぁ、美味しい食べ物を探すのは私も大賛成だけどさ、せっかちで気が短いお前がそんな台詞を口にするとは思わなかったよ。何だかお前、最初に会った頃と比べてまるで別人みたいに性格変わったよな?)
テアにそう告げられたヌーは、空の上で動きを止めるのだった。
「まぁ、言われてみればそうかもしれねぇな……」
確かに昔の自分は今自分が口にしたように、空の景色を眺めたり、用のない場所を散策をしよう等とは、口に出すどころか考える事すらしなかった。
だが、今の自分は確かにそんな意味もない事にも興味を見出していて、テアと一緒ならそれも悪くないんじゃないかと本気で考えてしまっていた事を自覚するのだった。
「――」(でも私は今のお前の方が、一緒に居て楽しいと思えるぜ? へへっ、前に食べた魚料理もいいけど、他にも美味しい食べ物はいっぱいあるはずだし、どうせならこの世界の名物みたいなモノも探してみようよ! きっと探すのも楽しいぞ!)
「ふんっ、仕方ねぇな。じゃ、とりあえず次の町を探すとするか。お前のお子様の舌でも美味いと思える料理店を見つけてやらねぇとな」
「――」(てめぇ! またお子様って言いやがったな! だから私はお酒が嫌いなだけなんだって! 魚料理だってちゃんと骨を取れるようになったし、お前も見ていただろ!)
「……ククッ、まぁ最初よりはマシになったかもな。じゃあ次はてめぇの成長を見届ける為に焼き魚を目指すとするか。綺麗に骨を取れるか見ていてやるよ!」
「――」(上等だ! もう今でも完璧だけど、お前より綺麗に食べて驚かせてやるぜ!)
ヌーはテアとそんなやり取りを空の上で行いながら、心が満たされていく感覚を覚え始める。
先程自分が考えていた事と、同じような事をテアも楽しみにしてくれていて、まるで考えを共有していたような感覚を覚えたのである。
そしてそれをヌーは楽しいと思えた。彼はこんな感情をこれまでの過去には抱いた事はなかった事が、同じ考えを抱く仲間と一緒に居られる事が、こんなにも楽しいとは思わなかったのである。
同時にヌーは、このテアと二人で居る時間を誰にも邪魔されたくないとすら思うのだった。
(こんな時間も悪くねぇもんだ……。ソフィの野郎には悪いが、レパートに行くのを少し遅らせるか)
まるで自分以上に魚料理が好みになった様子であるテアが、魚の骨の取り方について自慢しているのを聞きながらもヌーは、こんな時間が長く続けばいいと考えるのだった。
――もし、彼がこの後に何もなかったのであれば、きっとこの楽しい時間をこれからも彼女と作れた事だろう。
しかし現実には大魔王ヌーに対して強い恨みを持つ魔族達が、報復を行おうと待ち受けているのである。
そしてその決戦の舞台が、目に見えないところで徐々に近づいてきているのを感じ始めているヌーは、ある意味で俯瞰的に幸福な時間を享受するのだった。
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