2123.九大魔王に恐れられるリーネ
グランの町でディラックや、露店の『おやじ』である『カーネリー』と再会を果たしたソフィは、リーネ達と一緒に食べようと考えて露店で購入してきた『レグランの実』を大事そうに胸に抱えながら、ヴェルマー大陸にあるセグンスの自分の屋敷へと帰路に着くのだった。
しかしセグンスの入り口までは、ブラストも冷静さを保ってソフィ達と会話をしていたのだが、いざソフィの屋敷が目に入り始めた頃、何かに怯えるようにブラストは道路側へと位置を変えると、まるで六阿狐達を盾にするかのように歩き始めるのだった。
流石にソフィも六阿狐もブラストの行いに疑問を抱き、遂にソフィは我慢が出来ずに言葉を口にするのだった。
「……ブラストよ、我はこの町に着いた頃からずっと疑問に思っておったのだがな、お主は一体何をそんなに怯えておるのだ?」
「えっ!? お、俺は別に何も怯えてなんか……」
「早くリーネ達と会って、レグランの実を食べながら色々と話がしたいものだ」
「……ッ!?」
ソフィが突然にリーネの名を出すと、分かりやすくびくりと身体を震わせるブラストであった。
「ほれ見るがよい、どうやらお主はリーネに怯えておるようだが……、一体何があったのだ?」
何とかしてソフィはブラストから真意を聞き出したいようで、もう目と鼻の先に迫った自分の屋敷の前で足を止めると、立ち止まったままブラストに追求するのだった。
「そ、それは……」
ソフィが立ち止まらなければ、このまま誤魔化してしまおうと考えていたブラストであったが、足を止められて追求されてしまえば、ブラストも黙っているわけにもいかず、渋々とではあるが本音を語り始めるのだった。
「り、リーネ様は普段はとてもお優しく、どのような相手であっても礼儀をお持ちになられる人格者であられますが、そ、その……、ひとたび機嫌を悪くされると、想像を絶する程に恐ろしくなられるのです……」
「リーネが恐ろしいだと……? クックック! 九大魔王にしてアレルバレルの世界で数多くの魔族から恐れられておるお主が一体何を言っておるのだ。そうか、お主もこの世界でリーネ達と暮らし始めた事でユーモアのセンスを磨き始めたという事だな? うむ、これまでのお主は少しばかり笑顔が少なかったように思う。それで冗談を身につけて我を笑わせようとずっと考えていたというわけか。なるほど、しかし少しばかり間が長すぎるのではないか? 我がリーネと再会した直後から、ずっと今まで言わずに我慢していたのだろう? それも今我がお主に訊ねなければ、せっかく身体を張っていたというのに、冗談を披露する前に風化してしまっていたかもしれぬではないか。色々と考えてくれているのは有難い事だが……――」
「違いますよ、ソフィ様!! 冗談でも何でもありません! リーネ様はアレルバレルの名のある大魔王たちよりも遥かに恐ろしいのですよ! 夕食の準備に使う食品を買いに行くのを任された時、芋の一つでもサイズを間違えて、予算を越えて高いものを買って帰ってしまった時のあの冷酷な目で睨みつけられる瞬間……っ! そしてその後の共に晩餐を迎える瞬間の無言の圧力……っ! 素直に謝罪を行おうとも『怒っていませんから』と目を合わせずに呟かれるリーネ様の佇まい!! そ、そしてそして、何よりも恐ろしいのは次の日もまた、まるで前日に何事もなかったかのように、俺に買い物をお頼みになられる事……。あ、あの瞬間は、本当に信じられないまでの重圧があります……。あのリーネ様の『次はないぞ』という声なき言葉が聞こえるようになった頃から、俺はリーネ様をソフィ様の次に恐ろしい御方なのだと、本気で考えるよう……に……っ!? ひ、ヒィッ――!?」
ブラストがソフィにリーネの恐ろしさを説いていると、いつの間にかその張本人であるリーネが、ソフィ達の目の前に立っていたのだった。
「帰りが遅いからこうして心配になって迎えに来てみたら、随分と愉快なお話をされているのね? ねぇ、ブラストさん? どうして今、ソフィにそんな話をする必要があるのかしら?」
「り、リーネ様! も、申し訳ありません!!」
大魔王ブラストは背筋を正して直立不動となると、直後に凄い勢いで頭を下げながら謝罪を行うのだった。
(ディアトロスの奴にいくら詰められても、平然と笑みを浮かべておった程のブラストが、目の前で本気で怯えながらリーネに頭を下げておる……っ! ど、どうやらさっきの話は冗談でも何でもなかったようだな……)
(す、凄い……! 確かに今ブラストさんに向けられていた目は、ノックスの世界に居る妖魔退魔師や妖魔召士と同じ目をしていた……。確実に仕留めてやろうと、本気で襲う前に見せる人間達の視線に見えた……っ! さ、流石はソフィさんの奥方様だ! か、カッコイイ!!)
リーネに向けて脇目も振らずに謝罪を行ったブラストを見て、あれ程グランの町で色々あったというのに、ソフィも六阿狐も目の前の二人以外の考え事が、綺麗さっぱりと頭から消え去ってしまうのだった。
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