2121.本気で激昂する大魔王ヌー
「……は?」
ニビシアの冒険者ギルド長であるレビアは、目の前の光景が理解出来ずに驚きの声を上げるのだった。
そして声こそ上げなかったが、同様にミハエルも自分の目を疑うように瞬きを繰り返していた。
「全く、どこが第一級の魔法使い共なんだよ。そこらに歩いていやがる魔族共、いや……『魔界』に居やがる単なる魔物一匹にも劣るような連中じゃねぇか。まさかとは思うがよ、こんな連中を俺に嗾けて捕えられると本気で思っていやがったのか?」
ヌーの煽るような言葉にも『レビア』と『ミハエル』の両者は反応を見せず、只々倒れている魔法使い達に視線を向けるばかりであった。
(な、何だこれは……。確かにあの男を町の中で見かけた時から並外れた魔力量をしておるとは思っていたが、それでもここで倒れている連中は、その全員がこの町で『魔』の概念を学んできた一級線の魔法使い達なんだぞ! そ、それが魔法の一つも出せぬまま、こんなにあっさりと……! そ、それにあやつが言葉を発する直前に目の色が変わり、周囲に甲高い音が響き渡っていた。あれも『魔』の概念技法の一つなのだろうか。わ、分からない……。この魔法使いの町と呼ばれた『ニビシア』で、長年『魔』の研究を重ねてきたワシですら、何一つ理解が出来ていない……!)
ミハエルはこの魔法使いが数多く居る『冒険者ギルド』で、長年職員を務めながら自身も研鑽を積み続けてきた魔法使いであり、彼自身もまたかつては冒険者として活躍をしていた時期もあり、勲章ランクBのライセンスを保持している程の実力者だが、そんな彼であっても目の前のヌーが何をしたのか、皆目見当が付かなかった。
そしてただ一つ言えることは、こんな真似をした以上はこの後に自分達に待ち受けるのは、死であろうという背けたくなる現実であった。
「返事すら出来ねぇって事は、どうやら本気だったようだな……。そりゃ、こんな情けなくなるような程度の低い連中に仲間を傷つけられたんなら、ソフィの野郎が憤慨するのは当然だな。ソフィの野郎をキレさせやがったっていうてめぇの弟も、それはそれは相手の力量を推し量れねぇような、才能もねぇゴミク……――」
「私の弟を侮辱するなっ!! ルビアはここで倒れている者達とは違って、才に溢れた『魔』の概念理解者だったんだ! どうせあの『破壊神』が汚い罠にかけて弟をハメたに違いない!!」
レビアは自分の弟の事をヌーに馬鹿にされた事で、呆然としていた表情を戻して激昂するのだった。
「ハッ! あの野郎がこんな程度の低い連中相手にそんな真似をするわけがないだろうがっ! ハッキリ言ってやろうか? あの大魔王ソフィが本気になれば、この世界の生きとし生ける全ての生命体の魂を数秒で消滅させる事が出来やがるんだよっ! 何が才に溢れた『魔』の概念理解者だ!! 今のこの俺ですら、ソフィどころか別世界の人間共に教えを乞わなきゃならねぇような領域だというのに、こんなゴミクズ共を手駒にしているようなテメェの弟に、大した才能なんてあるわけがねぇだろうがっ! お前らは本当の才ある『魔』の概念理解者ってのを見た事があるのかよっ!! 途方もねぇ程の年月研鑽を積み重ねて努力を続けてきたこの俺様が、たった百年にも満たねぇ寿命であっさりと抜き去りやがっていく、本物の『魔』の概念理解者をだ!! 『本物』を知らねぇボンクラ共がぁっ! あんまり舐めた事ばっか抜かしていやがると、この町ごと全て吹き飛ばすぞコラァッ!!」
「「!?」」
大魔王ヌーの内に秘める想いを耳にした『レビア』と『ミハエル』は、同時に膝から崩れ落ちていった。
どうやら本能で目の前の男が、自分の手に負えない『化け物』だという事を理解させられたのだろう。そしてそれは同時に、自分達が優れた『魔』の概念理解者なのだと自負する心ごと、粉々に砕かれた様子であった。
本当はこの部屋に入ってきた『レビア』の手駒の魔法使い全員がやられた時点で気づいていたのだろうが、彼らはそれを認めたくないと本能が拒否していたのだろう。しかし今のヌーの恫喝じみた想いのこもった言葉を受けた事で、目を背けていた心の本質を強引に認めさせられてしまったようである。
「ちっ……! 情けねぇクズ共だな、もう言い返す事すらできねぇのかよ! もういい、テア行くぞ! こんな腰抜けのボンクラ共といつまでも一緒に居ると、こっちまで気分が悪くなる!」
一応はテアに声を掛けたヌーであったが、どうやら彼自身もまた、考えたくない事を考えさせられたようで、余裕なく部屋を出ていってしまうのだった。
「――」(お、おい! ちょ、ちょっと待てよ! ヌー!!)
そして相棒であるテアもまた、そんないつもと違うヌーの心境を感じ取り、慌てて彼の精神の助けになろうと急いで後を追いかけるのだった。
――そしてこの場には、自尊心をズタズタにされた哀れな『魔法使い』達と、息絶えた骸達だけが残されるのであった。
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