2111.想像通りの言葉
「それは……。お主も大変だったのだな」
いつもソフィの前では明るかった露店の『おやじ』だが、実は過去にベテラン商人と言える程の勲章ランクにまで上り詰めた彼が、引退しようと決意して辺境のグランの町に流れ着いて露店主をしていたのだと聞かされて、ソフィも表情を変えてそう口にしたのだった。
「一時は本当に失意の底って感じだったんだがよ、ここに来て露店で商売をしていく内に商売をやる楽しさっていう根本的な部分を思い出してな、稼ぎ自体はギルドでバリバリ働いていた時に比べたら比べ物にならねぇ程に少なくなっちまったが、そんなモノより大事な事をここで思い出させてもらえた感じだった」
どうやらグランの町に来た事は『おやじ』にとっては、大きな機転となったようである。
「そんでよ、そんな折にお前さんと出会って今度は自分の為だけじゃなく、人の為に商売をやるのも悪くないんじゃないかって思いになったんだ。自分も楽しみながら、誰かの助けになるような商人になる事が出来たなら、それはとても幸せな事じゃないかってな」
ギルドの中で勲章ランクBの商人として自分の為に働いていた頃よりも、一度挫折を味わって立ち止まった後、周りを見渡す余裕が生まれた事で、冷静に自分を見つめ直す事が出来て前向きになれたと『おやじ』は告げるのだった。
「ふむ……。お主は大したものだな『おやじ』よ。挫折を経験した後に、再び商人として再起しようと考える時点で相当の覚悟を要した筈だ。それも誰かに言われてではなく、自分の意思でそう考えられた事は尊敬に値する程だ。だが少し疑問に思うのだが、我の為にと考えてくれる事はとても有難い事ではあるが、今後にわざわざ無理にギルドに身を置き続けて勲章ランクAを目指さずとも、そのまま自らの商会に力を注ぎつつ我に協力するという形でも良いのではないか? それとも勲章ランクAを目指すというのは、お主の意欲の問題というわけなのだろうか?」
勲章ランクAを目指すというのが、この『おやじ』の決意の表れだというのであればそれまでだが、そうではないというのならば、このまま商会を立ち上げられる程のランクの今のままで十分ではないのかとソフィは疑問に思ったようであった。
「ああ、それはな、勲章ランクがAにならなければ『ミールガルド』大陸から離れられないって決まりがあるからだよ」
どうやら『おやじ』が勲章ランクAを目指す理由は、ソフィが考えていた『おやじ』の決意の表れというわけではなく、純粋に商人ギルドの取り決めが問題だったようである。
「ふむ……。と言う事はお主はこの大陸だけではなく、他の大陸での商売を視野に入れているというわけか」
そう口にするソフィが何の疑問も抱かずに居る様子なのを見て、眉を寄せ始める『おやじ』であった。
「お前さん、さては本気で分かっていない感じだな……?」
「む? どういう事だ? 勲章ランクが今のBのままでは別大陸には渡れないという決まりなのであろう? まぁ、ギルドも危険性を考慮しての判断でそういう決まりを設けているのだろうが……ん?」
まるで他人事のように話をし始めている様子のソフィを見て、こいつは本気で分かっていないのだなと改めて理解して大きく溜息を吐く『おやじ』であった。
「さっき俺がお前さんに言った言葉をもう忘れちまったのか? 俺はお前さんの力になりたいからこの商会を立ち上げたと言っただろう? お前さんが住んでいるところは何処だ?」
「む……! そうか、そういう事であったか」
『おやじ』に指摘された事でようやくソフィは、自分がヴェルマー大陸に居を構えている事に思い至った様子だった。
「お前さん、本当にヴェルマー大陸の国の王様をしていたのか? いやまぁ、それでもお前さんが大した奴だって事も、やる時はやる男だって事は俺には十分に分かっているがよ? それでもどっか抜けてて本当にお前さんは憎めねぇ奴だと逆に安心したよ」
そう告げる『おやじ』の言葉は皮肉ではなく、本当に『冒険者ギルドに入る前のままで安心した』とばかりに彼は笑うのだった。
「いや、済まぬな……。最近は本当にヴェルマー大陸に帰る事が出来ていなかったのだ。ずっと遠くの場所で生活を続けていた為に、感覚が少し麻痺していたようだ」
具体的にはソフィは別の大陸どころか、別世界に向かっていて、それも『ノックス』と『アレルバレル』という更に異なる二つの世界を行き来していた為に、ソフィはヴェルマー大陸に直ぐにピンと来なかったのだった。
「ソフィ……、そんなに何日も家を空けていたのか。久しぶりに会えてまだお前と話をしていたいが、悪い事は言わねぇから、今すぐに家に戻ってリーネちゃんに顔を見せてやれ。そんで今度詳しくまた話そうや……」
どうやら『おやじ』は自分が思っていた想像以上にソフィが多忙であることを知り、更にそこからソフィと一緒になった『リーネ』の事が頭を過り、心配そうに『直ぐに奥さんの元へ帰って顔を見せてやれ』と口にするのだった。
「あ、ああ……。本当にその通りだと我も思う。本当は露店市場でお主から『レグランの実』を買って帰る予定だったのだが、結局この町に来ると、色々と足を伸ばしてしまうようだ。すまぬがまた後日ゆっくりと話を聞かせてくれ。お主の商会の話をじっくりと聞いておきたいからな」
「もちろんだ。あ、最後に良いか? お前さん、俺がヴェルマー大陸にも商売が出来るようになったその時は、何が一番欲しい?」
半ば返ってくる言葉を理解した上で『おやじ』は改めてソフィにそう訊ねる。
そして実際にソフィから返ってきた言葉は、彼の想像していた通りの言葉なのであった――。
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