2068.大魔王レキの邪悪な笑み
「お前は何か勘違いをしているようだが、こんな代替身体になる前の俺や、アイツがいるような強さの領域ってのは、てめぇら如きが束になろうがどうにもならねぇんだよ。この身体の本当の持ち主だった人間は、そりゃ確かに人間にしてはいい線行ってたとは思うがな、それでも俺から言わせりゃ、精々が『魔神級』の真ん中がいいところだ。てめぇらはソフィの事を『化け物』と呼んでいやがるが、実際どの辺りが何とかなって、どの辺がどうにもならないところだという判断すらついていねぇだろう?」
「た、確かに私は大魔王ソフィを手の負えない化け物という事しか分かっていません。これまであの化け物が手を下すような事態になった時、何が起きたのか分からないまま、敵対していた大魔王達が消し飛んでしまっていましたし、何をしたのかすら良くは分かっていないというのが本音です……」
――レキはマルクスの言葉を聞いて、困ったような表情を浮かべ始めた。
どうやら彼の想像以上に、目の前のマルクスが何も分かっていないのだという事を知った為であった。
「もしかしてお前だけじゃなく、お前の仲間連中も同じような認識でソフィと戦おうとしていたのか……?」
「えっ? そ、総帥や最高幹部の方々はどうだったかは分かりませんが、分隊の私共は全員が同じ認識だったと思います。そもそも本隊の方々の指示に従い、そして動く事が我々の役目でしたので、本隊の方々の指示に疑問すら抱いた事もほとんどありませんし、疑問を抱く事すら考えた事もありません……」
レキはこれまでマルクスの事を何も分かっていない未熟な魔族だとは思っていたが、今の話を聞いてそれ以前の問題だったと思い至るのだった。
「今の時代の魔族ってのは、もしかしてこんな奴らばっかりなのか……? 何も知らないっていうより、知ろうとする事すら出来ないような……。よくこれで『超越者』と正面からぶつかろうと考えられたな」
「ちょ、超越者……?」
マルクスはレキがソフィの事を言っているというは分かっているが、それでも『超越者』という馴染みのない言葉で表した事に疑問を抱いて呟くのだった。
「『天上界』の連中が、下界に居る一定以上の強さを持った奴らを総じてそう呼んでいやがるんだ」
「は、はぁ……」
どうやらマルクスには『天上界』という言葉にもピンと来なかったようで、説明されてもよく分からないと言った表情を浮かべていた。
「まぁそんな名称はどうでもいい。話を戻すがな、この身体を手にした俺が奴に挑もうと思わないのは、どう足掻いても今のままでは勝ち目がないと分かっているからだ」
「!?」
マルクスは目の前の男は自尊心に満ち溢れていて、頑なに自分の負けを認めなさそうな大魔王だと考えていた為に、あっさりと自分があの化け物に勝ち目がないと口にした事に絶句するのだった。
「いいか、勘違いするなよ? 俺はお前達と違って根拠なく言っているわけじゃない。それが証拠にまず、この身体の元の持ち主の能力はこうして俺が手にする前から見ていて分かっているが、確かに『魔神級』の下の奴らからすれば、どうにもできない無敵の力に映るだろう。だが俺らの時代の魔族達……、まぁ分かりやすく言えば『魔神級』の上の方に居る奴からすれば、命のストックをいくら持っていて死からも再生を繰り返す事を可能としようが、蘇るたびに殺せばいいだけの話で、そこに何も脅威はないんだよ」
不死の力を持った大賢者ミラの存在は、この組織である『煌聖の教団』の中では神として崇められていた。
『大魔王領域』に居るマルクス達でさえ、ミラを一度倒すだけでも不可能に近い程の差があるというのに、何かの間違いで奇跡的に倒す事が出来たとしても、再び命のストックを使って与えた損傷と呼べるダメージを全てなかった事にされながら完全復活を果たしてミラは蘇ってくるのだ。
それもミラは少なくとも、数多の世界で集めてきた命が『千』や『万』では効かぬ程、信じられない程の膨大なストック数を保持していたのである。
まさにそれは戦う相手を絶望させて、勝つことが不可能だと諦めさせるには十分すぎる程の印象を与えられるだろう。
現に『煌聖の教団』と同盟を結ぶに至った大魔王ヌーも本音では、ミラを相手にどうにもならないと考えて同盟関係を結んだに違いない筈だとマルクスは考えている。
だが、目の前に居るレキはそんな『ミラ』の能力に対して、何の脅威もないと言い放ったのである。
そんな言葉を受けてしまえば、マルクスが思考を止められるのも無理はないと言えるのだった。
「まぁ、この身体の元の持ち主に対してソフィが使った『魔』の技法のように、手っ取り早く殺し尽くすような便利な『力』は流石に俺を含めてあの時代の連中であっても、誰も持ち合わせてはいなかったように思うが、再生を追いつけなくする事を可能とするくらいなら、あの時代ならそれなりに多くの者が可能だったのは間違いない。つまり今の俺が『命』のストックを限りなく無限に近い程集められたとしても、それをアテにソフィと戦おうなんざ思えないという事だ」
確かにレキの話す言葉自体は理解する事が出来たマルクスだが、話す内容そのものに対しては今の彼では理解が追いつかなかった。
「次に攻撃面に関してだ。この身体の持ち主は魔神共が使うような攻撃手段を取り入れて、色々と試行錯誤を繰り返していたようだが、大魔王ソフィの持つ『防衛力』を前にすれば全てが足りていない。確かに扱う『魔』の技法はどれも見たことがないような物珍しさはあったが、肝心の攻撃力がソフィの『防衛力』に対して余りにも無力すぎる。いくら攻撃を仕掛けようが、奴の『防衛力』を突破出来ない以上はどうにもならん。その上ソフィはいつでもこちらの『命』のストックを一瞬で根こそぎ奪える攻撃力を有していやがるんだ。こんな不利な条件で戦っていたと知った今のお前は、それでもこの俺が本来の持ち主のように、奴と戦えるとは思えないだろう?」
子供でも理解出来るような説明をされてしまい、流石に今の話を聞いた上で否定が出来る材料をマルクスは持ち合わせていなかった。
「ソフィは代替身体だったとはいえ、俺の出せる全力の攻撃でさえ受けきってみせたんだ。それも直ぐに対処さえ行える程の『防衛力』を持っている奴に、前の代替身体の俺にさえ劣る攻撃力では万が一にも勝ち目はない」
「で、では結局はあの化け物には、あ、貴方様でもどうにも出来ないという事でしょうか……?」
「このままでは無理だな。だが、俺がこの身体を奪った理由は奴と戦う為じゃない。奪った理由は他のところにあるんだ」
「ほ、他の理由ですか?」
「察しが悪い奴だな。さっき俺は元の身体を戻すまでは、と口にしただろうが。コイツの身体を奪った最大の理由は、コイツの力があれば俺の本来の身体の病を早めに治せるかもしれないと思ったからだ。この身体の元の持ち主は確かに攻撃力も防御力も並以下だったが、その持ち合わせている能力だけは秀逸なものだと思えた。そしてコイツの身体を奪った事で理解出来た事だが、コイツが得た技法の中の『呪法』の類は存外に珍しいものが多かった。お前、コイツがどうやって多くの『呪法』の技法を得ていたか、その心当たりはねぇか?」
「じゅ、呪法……、あっ!」
何かに思い当たった様子でマルクスが声を上げると、それを見たレキは収穫有りと見たのか、笑みを浮かべるのだった。
……
……
……
『ブックマークの登録』や『いいね』また、ページの一番下から『評価点』を付けていただけると作者のモチベーションが上がります。宜しければお願いします!