2067.あまりの危機感のなさ
ミューテリアから『念話』を受け取ったヌーだが、視線だけを彼女に向けたまま言葉を返す事はなかった。しかしその穏やかな視線を見れば、ヌーがどういう気持ちでいるのかが一目瞭然である。
ヌーもその事を自覚しているのだろう。だからこそ、あえて言葉にすることを止めたのだろう。
「当初の目的は果たした。また改めて出発の前に連絡する」
そうソフィに向けて言葉を残すと、ヌーはこの場に『悪魔精霊』を残してテアと共に『高等移動呪文』で去って行くのだった。
「む……。何やら最後の方は慌てた様子を見せていたが、さてはミューテリアよ、お主があやつに何か『念話』で伝えたのか?」
「いえ? 妾は何も言っていませんよ。どうやらあの者も多忙の身なのでしょう。そんな中で妾達精霊の為に合間を縫って一肌脱いでくれたのです。妾達『精霊族』は、本当にあの魔族には感謝をしなければなりませんね」
ミューテリアはヌーの事を考えた上で、あえてソフィに『念話』をした事を言う必要はないと判断し、怪しまれぬ程度に話を変えるのだった。
「ふむ……。しかしあやつは人が思う程に悪い奴ではないというのは、別世界で長く行動を共にして分かっていたつもりであったが、それを踏まえた上であそこまでお主の事を想っておるとまでは思わなかった。お主は余程にヌーの奴に尊敬されておったらしいな」
「それはどうかは分からないけれど、妾はあの魔族の事をとても気に入っているわ。確かにあの子は育ってきた環境も相まって、多くの者達から恐れられるような生き方をせざるを得なかったのでしょうけど、環境が違えば今頃は多くの者達から頼られる性根の座った子になっていたでしょう。仕方のない事だけれど、彼はこれまでとても損な生き方をしてきた事でしょうね……」
精霊女王ミューテリアは、同胞の精霊達を慮る時のような目をしながらヌーの事を話すのだった。
「過去は確かに変えられぬが、未来は気持ちの持ちようでいくらでも変えられるものだ。あやつは新たに『テア』という相棒のような存在を手にしてから色々と良い方向へと変わってきておる。この先はお主の思うような魔族へと変わっていく事が出来るやもしれぬ。我も少し意味合いは異なるが、あやつに大きな期待感を抱いておる。このまま道を違わずに歩んでいって欲しいものだな」
「ええ、そうね」
まるで二人は我が子を想うような言葉を交わしながら、去って行ったヌーの話を続けたのだった。
……
……
……
そんな『アレルバレル』の『魔界』でソフィとミューテリアが会話を交わしている頃、この世界とは全く異なる世界で大賢者ミラの身体に身を宿したレキは、彼が『金色の目』で操っていた煌聖の教団の残党たちがやられた事を直ぐにミラの魔法が発動した事で感じ取り、小さく舌打ちをするのだった。
「ちっ! どうやらソフィ共が元の世界に戻ってきやがったようだな」
「えっ!? あ、あの化け物が、アレルバレルの世界にですかっ……!」
そう言ってレキに返事をしたのは、かつての『煌聖の教団』に属していた魔族で、その名を『マルクス』といった。
マルクスは大魔王シスの手によって命を落としてしまい、何とか用意していた『代替身体』に転生を果たして魂だけは無事だったのだが、その後は本来の強さを失ってしまい、何も出来ずに絶望していたところに、リラリオの世界の空を『魔法』で飛んで行く総帥ミラの姿を見て、慌てて助けを求めて主に『念話』を送ったつもりだったのだが、その時にはすでにミラの身体はレキに奪われており、マルクスは少しでも今より救いのある生活をしようとミラに助けを求めたつもりが、大魔王レキに体よく利用された挙句に子分にさせられてしまったのである。
そして大魔王レキは、大賢者ミラの身体を奪ったところまでは良かったが、結局はそれでも『代替身体』の身に変わりはなく、自身の本来の身体の十分の一の力しかない為、あまりに目立って大魔王ソフィの手の者達に見つかれば非常に面倒になると判断し、改めて奪ったミラの身体の知識からレパートの『理』と『概念跳躍』を完全に理解し、そのままマルクスと共に『リラリオ』から別世界へと拠点を移したというわけだった。
彼は拠点を別世界へ移した後もただ遊んでいるわけではなく、マルクスを使って『アレルバレル』や他の世界に点在する『煌聖の教団』の同胞達を集めさせて『金色の目』で改めて洗脳し、少しずつ別世界で勢力を拡大させていっている最中にあった。
そして洗脳した元『煌聖の教団』の残党たちを『リラリオ』の世界や『アレルバレル』の世界へと送り込み、諜報活動を行わせていたのだが、その内の『アレルバレル』に送った数体の駒がやられた事で、大魔王ソフィが『リラリオ』ではなく『アレルバレル』の世界に先に戻ったという事を知ったというわけである。
ヌーやソフィ達が疑問に思っていた倒した者達の『魂』の行方だが、実はミラの『魔』の技法を用いた事により、洗脳した魔族達がやられた魂は、全て『レキ・ヴェイルゴーザ』の『命』のストックに代わっているのだった。
これも元々はレキの『魔』の技法ではなく、大賢者ミラが用いていた『魔』の技法であり、身体を乗っ取った事で色々と『理』を含めたあらゆる大賢者の技法をレキは知る事となり、更には自由自在に奪った相手の力を使えるというレキの『金色の体現者』としての『特異』を用いる事によって、大賢者ミラの持っていた『魔』の技法を自分のモノとして扱っていた。
「手足となる兵隊共をそれなりに集めはしたが、実際戦闘には何の役にも立たないだろうからな。さっさと俺の本来の身体を蝕んでやがる病を何とか治す方法を探させねぇとな」
マルクスは自分がかつて属していた『煌聖の教団』の同胞達の事を何の役にも立たないと言われて、内心気持ちは穏やかではなかったが、組織の総帥であった主の大賢者ミラの身体をあっさりと奪えてしまうような、そんな規格外の存在相手に何も出来る筈がなく、仕方なく表面上は冷静さを保ち続けてレキの話に耳を傾けるのだった。
「そ、それではアレルバレルの世界に戻ってきた、あの化け物の対処は、ど、どうなさろうとお考えなのでしょう?」
「さてな、どうすっかねぇ? 実際戦ってみた俺だから分かるが、アイツに生半可な小細工は通用しねぇよ。俺が本来の身体を取り戻さねぇ事には、アイツをどうこうするのに議論の余地もねぇな」
「えっ……!?」
マルクスは大魔王ソフィが元の世界に戻ってきたというのに、あまりに危機感を感じさせない様子であった為、何かレキには考えがあるものだと思っていた。
だからこそマルクスは、そのレキの考えている腹の内を聞かせてもらおうと尋ねたのだが、どうやらレキは本気で何も考えていない様子だった為に、素っ頓狂な声を上げてしまうのだった。
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