2066.伝わる気持ちと言葉の種類
「あ? てめぇら……、その顔は何だよ?」
「いやはや……。ノックスの世界でもお主の精神面での成長ぶりに驚いたものだが、ハッキリ言って今回の方がよっぽど驚いたぞ……」
「――」(お前が私以外にここまで協力的なところを初めて見た気がする……。もしかしてこの精霊に命を救われた過去でもあるのか……?)
「そんな過去はねぇよ……。全く失礼な奴らだな。俺にだって無償で協力をしても構わねぇと思える相手が居るに決まってんだろ。一体俺を何だと思っていやがんだ」
ヌーにしてみれば普通の行いをしたつもりだったのだが、当然普段のヌーを知っているソフィ達にしてみれば、今のヌーの言葉に素直に頷く事は出来なかったようである。
「てめぇと親しかった『エルシス』や、ノックスの世界の『理』を独自に編み出しやがった『シギン』にしてもそうだが、基盤の元となる『魔法』を編み出すというのは、すでに在るモノから新たに改良するよりも遥かに難しいんだ。そんな難しい『魔法』や『理』を生み出した精霊女王は、何千年もの間、魔界だけではなく、人間界にも多く広まる程に功績を残してきた。今は魔族や魔王共の多くが精霊の『理』を用いる事が少なくなったが、俺は幼少期の頃から精霊女王が残してきた『魔法』の数々を会得してきた。今はもちろんそれだけじゃなく、フルーフの『理』を含めて多くの基となった『理』を用いてはいるが、今後も女王の残した多くの『魔法』を蔑ろにするつもりは毛頭ねぇ」
喋っていきながらも更に熱が入り始めた様子のヌーは、1から2にするよりも0から1を生み出す事が如何に難しい事か、それを忘れるつもりはないと声を大にしてこの場で叫ぶように告げたのだった。
その言葉を聞いていた精霊女王『ミューテリア』は、大変に心を動かされたようで手で口元を覆いながら目を潤ませていたのだった。
かつてはこの世界の原初の『魔』の『理』を生み出した彼女にしてみれば、現在の自分の立場というものを誰よりも理解しており、失意の底に沈んだ後も諦観の念を宿しながら、長きに渡る日々を騙し騙し過ごしてきたのだ。
一度も頂点というものを知らぬ者よりも、過去に一度でも隆盛を極めた者が他の者達に追い抜かれた後、もう二度と頂点に立てないと自覚させられた方が辛いのだと、彼女はずっとその思いを抱いて生きてきたのだ。
それでも彼女は『精霊族』の『理』を決して失わせぬようにと、必死に魔族であるソフィの元に身を寄せながらここまできたのである。
ハッキリ言ってミューテリアの精神は摩耗しきっていて、少し前に一度ソフィに思いの丈を吐露して現状を『人間界』の者達に伝えたいとまで言い出していた。
その後にソフィは『エヴィ』を探しにノックスの世界へと向かった為、その話は保留のまま時は過ぎてしまった。
そんな中で発露した気持ちを雲散させる事も出来ず、モヤモヤとした気持ちを抱きながらも表には出さないようにと必死に堪えている最中に、大魔王ヌーに予期せぬ思いを告げられて心の躍動を抑える事は彼女は出来なかった。
ミューテリアはヌーに対して言い表せない程の感謝の気持ちをこれ以上ない程に抱きつつも、その気持ちを言葉にする事が出来なかった。
――何故なら、先程の言葉を告げたヌー本人が、言ってくれるなとばかりにミューテリアの方に視線を向けていたからである。
ミューテリアもこの世界で『最恐の大魔王』と呼ばれているヌーという魔族の事を重々と理解はしている。
そんな彼は決してこの場で告げるつもりがなかった言葉を口にした事で、今の彼の気持ちがどういったモノを孕んでいるのかというのをミューテリアは察して、決して気持ちを言葉にする事はしなかったのである。
しかし唐突に波長が合わされる感覚を抱いたヌーの元に、ミューテリアから初めて『念話』が届く――。
――本当は優しい心を持つ魔族の子よ、貴方にこの世界の『原初の精霊』として感謝を伝えます。
「――!?」
この場に居る他の者達には聞こえない『ミューテリア』の本音の言葉は、伝えたい相手にだけしっかりと届ける事が出来た。
それはつまり、すでにヌーの方から精霊女王に対して波長を合わせていたという事であり、無事に伝わった事で精霊女王ミューテリア自身もまた、これまでより一際嬉しそうに笑みを浮かべるのだった。
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