2054.悪魔精霊と死神貴族
『悪魔精霊』はこの短時間の間に、思いも寄らぬ事が次々と決まっていき、まるで夢を見ているような気分に陥り始めていたが、それでも現世に思い留まれたのは、やはり他でもない自分と契約を交わしている大魔王ヌーの存在であった。
煌聖の教団の総帥ミラと同盟を結んでいた頃であっても、目の前に居る大魔王ヌーは手が付けられない程の恐ろしさを感じられていたが、今の大魔王ヌーはまたその時とは異なる恐ろしさを『悪魔精霊』は感じられていたのだった。
それはダークスピリットが元『精霊』であった事も関係していたのかもしれない。
『悪魔精霊』はあくまで『元』精霊であり、今では『悪魔族』と呼ばれた方が正しい程に、心身共に変化が生じている。
しかしそれでも『精霊族』が残している『レプリアー』の『恩恵』を少なからず、元精霊の『悪魔精霊』は得ているのだった。
つまり精霊族が齎す四大元素の『力』の一端を得る事が出来ている『悪魔精霊』は、僅かながらに『理』から、大魔王ヌーが起こした変化の一端を鋭敏に感じ取れていたのである。
(今のこの御方は前に見た時よりも、遥かに強さを増している。私程度では何がどう変わったのかを説明する事はできないが、元精霊としての本能で感じ取る事が出来る。やはりこの御方と契約を果たした事は間違いではなかった。今後更にヌー様は強くなっていく事だろう。それに合わせて契約者の私もどんどんと強くなれる。何としても契約を切られぬように立ち回らなくては……)
『悪魔精霊』は大魔王ヌーに心からの忠誠を誓っているわけではないが、契約者としてこの大魔王ヌーを利用する事で、己自身が単なる『悪魔』や元『精霊』としてではなく、新たな『悪魔精霊』の王として、別種族の主だった者達と肩を並べられる存在になれると踏んで、大魔王ヌーに従うのであった。
「ところでヌー様……。先程からお傍に居られるお方は一体……?」
『悪魔精霊』は目の前に居る桃色の髪色をしたテアを見てそう告げる。
この少女は人型をしているが、どうみても単なる人間が持つ『魔力』を上回っており、特筆するべき点はそれだけではなく、明らかに『神位』を有する『神格』持ちの『存在』として『悪魔精霊』の目に映ったのであった。
流石は元『精霊』なだけはあり、単なる『悪魔』や『魔物』達では気づかない事にも気づけるだけの『目』は持っているようである。
「ああ。テアの事か? こいつは新たに俺が契約を交わした『死神』の『テア』だ」
「――」(何を話していたかは知らないけど、今は私の事を話しているのだろう? だったら間違った情報を伝えるなよ! 何度も言うように、私は『死神貴族』だからなっ!)
「ちっ……、はいはい。こいつは『死神貴族』様のテアっつーんだよ。口は悪いが頼りになる。俺の『相棒』みてぇなもんだ」
『悪魔精霊』はテアという『死神貴族』の言葉は伝わらなかったが、それでも長年契約を交わしてきた大魔王であるヌーのテアに対する接し方から、自分が軽々しく声を掛けて良い御方ではないと記憶するのだった。
「そ、そうなのですか……。いやはや『神格』を有する御方とも契約を交わされるようになるとは……。流石はヌー様でございます」
「まぁ……、前より強くなった事は間違いないだろうな。だが強さの最上位に居る連中からすれば、俺が少しばかり強くなったところで、微々たる変化に過ぎねぇだろうがな……」
「えっ……!?」
『悪魔精霊』は自分がこう言えば、ヌーが上機嫌になるだろうと予想していたが、実際には不機嫌とまではいかないが、それでもどう見ても機嫌を良くした様子ではないヌーに驚きの声を上げたのだった。
(あのヌー様が謙遜するとは思えぬ……。これは本心からの言葉と受け取っても良いのか……? い、いやまさか、あのヌー様が正常な状態でこんな言葉を告げるとも思えぬっ……!)
今のヌーからは、まるで自分より強い者が大勢いるという事を認めているような、そんな節が感じられた『悪魔精霊』であった。
「まぁ別にコイツが『死神貴族』だからといって、必要以上に畏まる事はねぇよ。コイツもそんな事は望んじゃいねぇだろうしな。ただまぁ、てめぇが如何に元精霊だからといって、神格を持っていない以上はコイツの言葉は通じねぇだろうし、何か言いたい事があるなら俺を通していいやがれや」
「は、はい! 分かりました!」
(これから向かう場所はあの『化け物』の居る場所だし、傍に居るのは『神格持ち』の神々様か……。本当にとんでもない事になってしまったな……)
西の大陸の森の湖の真ん中で『悪魔精霊』は、こうして平穏と呼べる毎日が唐突に終わりを告げたように感じられたのだった。
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