2045.疑問の念
主であるソフィを出迎える為に集めた自分の部隊を元の配置へと向かわせた後、部隊長のステアは考え込むようにヌー達の居た場所に視線を送っていた。
そんなステアに隣に居たベイクが話し掛ける。
「ステア様、久しぶりにソフィ様に会えましたが、前より少しだけ嬉しそうな表情をされていたように思えますね」
「ああ。もちろんまだまだ忙しい最中といったご様子ではあったが、九大魔王であるエヴィ様と無事に再会出来た嬉しさというのが、十分に俺たちにも伝わってきたな」
主であるソフィの話をした時だけは、ステアも嬉しそうに顔を綻ばせていたが、その後彼はまた何か考え込むように表情を引き締め始めるのだった。
「何か気になる事があったのでしょうか?」
ベイクはステアが真剣に考えこんでいる様子が余程に気になったのだろう。そう言って何を考えているかを直接ステアに尋ねるのだった。
「ああ……いや、隣に居た大魔王ヌーの事でちょっとな」
「? 確かに大魔王ヌーはかつて煌聖の教団の総帥であった『ミラ』と同盟関係をを結んではいましたが、今はソフィ様と契約関係を結んでいる事で、敵対組織の枠組みからは外れている筈ですが……」
「もちろんそれは分かっている。ただ、俺が気になった事というのはな、エヴィ様を探しに向かわれる前のソフィ様と、戻ってこられた今のソフィ様のヌーに対して接する感じが、かなり異なっているように感じられたんだ」
大魔王ステアはソフィの魔王軍に属する前は、この多くの派閥が存在するアレルバレルの群雄割拠の世界を長い期間を『中立』という立場で立ち回ってきた。
その長い期間の間には、当然に中央大陸に君臨する大魔王ソフィとその魔王軍、そして人間界から次々に魔界に押し寄せてくる『煌聖の教団』、更にはそんな『煌聖の教団』と同盟を結びに至ったこの世界の『魔界』のNo.2であった大魔王『ヌー』が組織する軍があった。
こんな強豪犇めく群雄割拠の世界で『中立』として何処の大陸の国や軍にも属さずに『中立』を貫く事が如何に難しいか――。
それを貫いてこられた『中立』の立場の部隊を長年率いていた『ステア』は、感情の機微には鋭くならざるを得なかったのである。
「そ、それは一体どういう風にですか……?」
同じようにこの場所でソフィとヌーを見ていた筈のベイクには、その些細な機微に気づく事が出来なかったようで、異なっていると判断が出来たステアに対して更に深く追求するように訊ねるベイクであった。
「今から俺が話す内容をお前の胸の内に留められるか?」
「は、はい、それは、もちろん……!」
真剣な目をして問いかけるステアに、ベイクは生唾を飲み込むのだった。
「あくまで俺が感じた事だがな、ソフィ様はあのヌーに何処か信頼を寄せ始めているように見えたのだ。それも同じ魔王軍の者達に向けているような確かなものをな……」
思いも寄らぬステアの言葉に、ベイクは目を丸くして驚く。
「ば、馬鹿な……! 大魔王ヌーと言えば、ソフィ様と長年戦争状態にあった大魔王ですよ!? 今は奴も囚われの身である為に、渋々とソフィ様に従って行動を共にしておるようですが、ひとたび自由の身となればいつ反旗を翻して我々を襲ってくるか……っ!」
「そんな事はお前に言われなくても、魔界中のあらゆる大陸に存在する『中立』の立場の者達を集めた部隊を率いていた俺が一番よく分かっているさ。だが、実際にそう見えたのだから仕方あるまい?」
ベイクはステアの事を信用しているし、だからこそ彼の片腕となって数百年以上も行動を共にしてきていたが、それでもヌーは一度この世界でNo.2の大魔王として、あの煌聖の教団とも同盟を組んでこの世界の頂点に立つ最強の大魔王相手に戦争を引き起こした張本人である。
誰よりも自分の部下を大切にするソフィという大魔王が、自分の配下を危険な目に遭わせたヌーに信頼を寄せるとは到底考え難いと今でもその考えが頭を過るベイクであった。
そして普段は自分には見せたことがない、ベイクの疑いの眼差しを目の当たりにしたステアもまた再び思案する。
(そんな目をしなくても、この俺自身も驚いているさ……。しかしあのソフィ様がヌーに騙されるとも思えぬし、当然に魔瞳などによって操られているとも考えられない。純粋にヌーを信頼しておられる目であった……。だからこそ他でもないこの俺が驚いているのだ……)
中立の立場として長年この一筋縄ではいかない『アレルバレル』の世界で生きてきた彼だからこそ、ノックスの世界に行く前と今のヌーに向ける視線と態度の違いを鋭敏に感じ取れたステアは、この時を境に僅かながらではあるが、ソフィに対して疑問の念を抱く事となるのであった。
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