2036.新たな約定と新たな絆
「クックック、お主の心が折れてはいないようで安心した。では六阿狐殿は我が責任を以て預かろう。しかし王琳よ、まだ確実にこの世界に来れると決まったわけではないという事だけは覚えておいてくれ。この世界に行き来出来る『魔法』に使用する『魔力』は相当に膨大なようだ。我の仲間の転生後の『魔力』で自分以外の者を跳躍ばす事が出来るのかどうかは未知数なのだ」
ソフィは『概念跳躍』の魔法を使えないが、それでも使えるようになろうと努力をした事はある。
あくまで上辺だけの知識に過ぎないが、それでも自分自身だけを別世界へ転移させるのと、第三者を含めた多人数転移を行うのとでは、その使用に必要な魔力量はもちろんのこと、全く別の魔法とされる程に難易度は上がるという事はソフィもユファ達から聞かされて知っている。
そもそもこの『魔法』をフルーフが編み出した時点では、多人数を一気に転移させるという代物ではなく、その後に煌聖の教団の総帥であった大賢者ミラが改良を加えたものらしく、ハッキリと言ってしまえば別の魔法と考えても差し支えないというのが実状なのであった。
「だからこそ俺が六阿狐に託した命令は重く、側近と認めたからこその命令なのだ。お前が頼りにしようと考えている転生した魔王とやらが、いつお前をこの世界に行き来させられるようになるかは存ぜぬが、間違いなく俺も六阿狐も寿命で命を失う事はないだろう。俺はお前が再びこの世界に来る時を楽しみに今以上に鍛えて強くなっておく。そして今度こそお前を倒してみせるさ」
そう言って、気持ちのいい笑顔をソフィに見せる王琳であった。
「では王琳よ、こちらも少しお主に聞いてもらいたい事がある」
ソフィがそう言って真剣な表情を浮かべた事で、笑っていた王琳もその笑みを消し始める。
「何だ? お前は俺に勝ってみせた男だ。可能な限りはお前の願いを聞いてやろう」
ソフィはその王琳の言葉に、大魔王として相応しい荘厳な雰囲気を出しながら口を開いた。
「玉稿殿の集落に居るイバキという人間と、動忍鬼という鬼人が居たのをお主は覚えているか?」
「鬼人族共の集落か……。直接俺達が集落の中に入ったワケではないから詳しくは覚えてはいないな。だが、直ぐに調べれば分かる事だ。それで?」
「我はそのイバキという人間に大きな恩を持ち、そして動忍鬼という鬼人の選択肢を狭めてしまった後悔を持っている。当人たちには気にしないで欲しいと、むしろ救われたと言葉にされたが、我は完全には納得が出来ていない状態なのだ。本来は世界を離れる本日に会うつもりであったが、お主とミスズ殿の約定によって動忍鬼にだけは会えずじまいになってしまったのだ。もちろんこれは仕方のない事であるというのは我も理解しておるが、出来れば再び我がこの世界に戻ってこれた時……、再び動忍鬼と再会を果たした時に色々と積もる話をしたいと願っている」
「ふむ……。そのイバキという人間は、今後も鬼人族の集落に居るつもりなのか?」
「本人はそう言っていたが、あやつとて人里に知り合いも多いであろうし、人間である以上は里に戻る事もあるだろう。そこでお主には、ミスズ殿との約定の期間を可能な限り延ばして欲しいと考えている」
その言葉に王琳は、腕を組みながら真剣な表情で思案を始める。
実際にはイバキにはもう家族が人里に居ないという事も事前に知らされており、これはあくまでこの世界の人間達の今後を思ってのソフィの方便であった。
「ソフィよ、この世界の住人でも、人間でも妖魔でもないお前には少し分かりずらいかもしれぬが、妖魔と人間が手と手を取り合って生きていくというのは相当に難しい事なのだ。今回のようにあくまで一時的な和平の約定であれば、ある程度の山の妖魔共の納得と理解は得られるだろうが、半永久的に守る事が出来るかと問われれば、俺でも難しいと言わざるを得ぬ。それこそ再び血で血を洗う戦争状態が、山の内外に拘らずに巻き起こす事にも繋がりかねん」
「何もお主だけに無理をさせようというわけではない。人間達にもお前たちと本格的な協力体制を望ませれば、いきなりは無理でも少しずつ意識を変えていけるのではないだろうか?」
「ああ、それでお前は、妖魔山の鬼人族の集落に居るという人間を引き合いに出したわけか。成程、確かに今の俺は妖魔山の長の立場で、現時点では人間共との約定も活きている状況にある。この約定が保たれている内に当たり前になるように努力をしろとお前は俺に言いたいわけだな?」
「含みのある言い方となってしまってすまぬが、現実的に可能性があるのは、妖魔山の長という立場に居るお主だ。どうだろうか?」
「ふふっ、お前という奴は、本当に妖狐誑しだな。ま、そこがお前の魅力なわけだが」
その言葉にソフィがいつもの笑みを浮かべると、先程までの荘厳な雰囲気が薄れていく。
「はぁ……。ま、いいだろう。難問ではあるが、十戒殿とも話し合いを進めてみよう。これはひとまず玉稿殿にも、それなりの地位と呼べる役職を考えねばなるまいな」
「おお、それは良い案ではないか。三大妖魔だったか? かつての『鬼人族』の立場とやらに戻してやればよい」
「またコイツはややこしい事を言いだしやがった。その三大妖魔の一角だった『天狗族』を種から絶滅させておきながら、他の勢いを失った三大妖魔を蘇らせろと宣うか」
「それを言われると厳しいが、人間でも妖魔でもない『魔族』だからこそ、こうしてお主達と違う立場から物を言えると思ってな。我は人間のイバキも妖魔の動忍鬼も同じくらいに接する事を好んでおる」
――それで、どうなのだ?
「!?」
大妖狐の王琳は、そのたった一言のソフィの言葉に全身が総毛立つのだった。
視線とたった一つの言葉だけで、ソフィが『大魔王』と呼ばれて恐れられる理由を悟る王琳であった。
「……お前は本当に恐ろしい奴だ。直接戦いを行った俺だが、今のお前の方が戦っていた頃より恐ろしく感じられたぞ」
「ふむ? 我は特別おかしな真似をしたつもりはないが……」
――ソフィは、本当に本心からそう思っているのだろう。
そしてこれは実際に目の前に立って、直接ソフィに話を聞かされた者にしか感じる事は出来ないであろう。
この場に居る王琳以外の妖狐二体もまた、震え上がりながら必死にソフィと視線を合わされないように地面を見つめているのが何よりの証拠でもあった。
「まぁ、こちらも六阿狐の件を呑んでもらったわけだしな。腹を決めるとするか……!」
この王琳の決断とは、万が一に『妖魔山』で納得が出来ない者が出てきた場合に、王琳はこの場で話したソフィの願いを優先すると決めたという意味である。
そしてそれはつまり、この場でソフィと交わした約束が、少し前に妖魔退魔師達と交わした約定以上の意味を持ったという事でもあった――。
王琳が大魔王ソフィと直接手を合わせて戦い、自分の大事な側近を託した相手だからこそ、この新たな約定が意味を発揮したのである。
――これは単なる話し合いだけの中では、決して決まる事のなかった筈であり、新たなこの約定は、大魔王ソフィと大妖狐王琳の両名だからこそ成立した結果とも言える。
「では、よろしく頼むぞ」
「俺にこれだけの決断をさせたのだ。六阿狐を連れて必ずまた俺の前に現れろよ?」
そう言って王琳はソフィに手を差し出して、その王琳の手をソフィは握り、互いに固い握手を交わすのだった。
『ブックマークの登録』や『いいね』また、ページの一番下から『評価点』を付けていただけると作者のモチベーションが上がります。宜しければお願いします!