2035.王琳の新たな側近の誕生と最初の命令
「ソフィの忠臣よ、お前は耶王美の元に行かなくて良かったのか?」
この場に耶王美を連れてきたエヴィは、現在は一緒に居たいだろう彼女の傍を離れて、ソフィの背後を守るように立っているのだった。
「耶王美にも別れの挨拶をしたい相手が居るっていう事は、今の彼女の顔を見ていればよく分かる。僕はそんな野暮な真似をするつもりはないよ 。というかそれよりさ、いい加減にその呼び方をやめてくれないか? 僕にはエヴィという名があるんだ」
「ふふっ、それはすまなかったな。だが、これでも俺はお前の事を認めているつもりだ。どうでもいい奴に大事な同胞を任せるつもりはないからな。エヴィ、アイツの事はよろしく頼んだぞ?」
エヴィは王琳のその言葉に少しは気分を良くしたようで、そっぽを向けていた顔を戻すのだった。
「彼女は僕と同じ考えを持っている大事な同志だからね。君に言われなくても大切にするさ」
そのエヴィの返答に満足したのか、笑みを浮かべて頷く王琳であった。
「クックック、本当にエヴィもいい出会いを果たしたものだ」
そしてソフィが感慨深そうにエヴィを見つめながらそう告げていると、いつの間にか王琳が自分を見ている事に気づいた。
「それは俺たちにも当て嵌まる言葉だ。出来ればお前にはこのまま『ノックス』の世界に居てもらい、この先も俺の相手をしてもらいたいところなのだがな……」
王琳は本音を隠そうとせず、いやむしろ最後だからこそ、考えている事を素直に口にするのだった。
「「王琳様……」」
その王琳の言葉を聞いた五立楡と六阿狐が、慮るように主の名を口にする。
「すまぬな、悪いが我も元の世界に残してきた者もいるし、まだこやつのように探さなければならぬ仲間も居るのだ」
「それは前にも言っていたな。確かお前と敵対していた組織とやらが使った『魔』の技法の所為だったか」
「ああ……。組織の首謀者であった者はこの手で魂ごと消滅させたが、すでに数名の者達は別世界へ送られてしまった後でな」
ソフィが首謀者の魂を消滅させたと口にすると、五立楡と六阿狐は少しだけ怯えるように身体を震わせた。
「何処の世界にも優れた『魔』の概念理解者というのは居るものだな……。出来れば俺もついて行きたいところではあるが、山の長となった以上はそれも出来ん。あの会合で人里へ妖魔共を近づけさせぬようにする為に、つい俺が長になると口にしてしまったが、少し早まったかもしれんな」
それはソフィ達を交えて山の中で行った会合の場の時の事を言っているのだろう。今の残念そうな王琳の表情がとても印象的に映るソフィであった。
「……王琳よ、これはあくまで仮定の話になるが、もしかするとこの先にあと一度くらいは、この世界に来る事が可能かもしれぬ」
「何だと?」
突然のソフィの言葉に、王琳の目が真剣なものに変わる。
「我の知り合いに二人、世界の跳躍を果たせる者が居る。その中の一人がお主も知っているであろう『ヌー』という我と同じ魔族だ」
(ソフィが煌阿と戦っていた時に『次元の狭間』に直接入る事を可能としたアイツか……)
「そしてもう一人『概念跳躍』を扱える魔族が偶然この世界に居てな、こやつは元々先程告げた『組織』の一員だったのだが、紆余曲折あって今は仲間になっておる」
「ほう……? 奇妙な巡り合わせもあるものだな。だったらそいつに頼めば行き来が可能というわけか?」
「そうかもしれぬし、出来ぬかもしれぬ……。我ら魔王が扱う『魔』の技法の一つに『代替身体』というものがあってな。最初に代替となる身体を用意しておいて、命の危険に脅かされた時、一時的にその用意していた身体に魂を乗り移らせて生き永らえる事を可能とするのだが、それ程の『魔』の概念技法である以上は当然に代償も存在する。それが今回の話に繋がるのだが、凡そ本来の持っている『戦力値』と『魔力値』の十分の一にまで下がってしまうのだ」
(俺の転生技法と似たようなモノのようだが、あまりにも使い勝手が悪すぎるな……。転生のたびに他の身体を必要とするというのはまだ分かるが、そのたびに力を落とすのであれば、直ぐには実戦復帰は叶わぬだろう。俺のように寿命で仕方なく転生するのならいいが、ソフィの言う命の危険に脅かされる程の相手から逃れる為に転生したとして、そこで戦力値を落とすのであれば、結局その脅威から逃れる事すらも一苦労になってしまうな)
王琳は自分の『転生術』と比べて、魔族の扱う『代替身体』に不便さを覚えるのだった。
しかし王琳自身のみが扱う『転生術』とは違い、魔王達の使う『代替身体』は汎用性に長けている。
魔王領域に達している魔族達であれば、誰でもが『転生』を行える程に広まっており、もはや今では『代替身体』を用意していない者を探す方が難しいくらいである。
たとえ王琳が胸中で呟いたように、脅威から一時的に逃れる事すらも難しいのだとしても、その場で生き残る事が出来れば、今回のセルバスのように自身のみの世界間跳躍を行う事くらいならば、咄嗟にでも可能とする事が出来るのだ。
転生をしなければ、その場で死が確定していたとしても、一時的にでも生き永らえる事が出来れば無事に逃げ遂せた挙句、いずれ時間が経てば元の身体に戻る事すらも可能である以上は、使い勝手が悪くとも決して覚えておいて損はない『魔』の技法である事は間違いなかった。
「だが、可能性はゼロではないという事でいいな?」
「うむ」
「可能性が残されているというのであれば、是非ともその可能性に縋りたい。五立楡、六阿狐、お前達はこれからもソフィと共に居たいか?」
「えっ!」
「ええっ!?」
「どうなんだ!」
鬼気迫る勢いで問いかけてくる主に、五立楡と六阿狐は慌てて互いに顔を見合わせる。
「そ、それは、その……」
「はい! 私はソフィ殿ともっと一緒に居たいです!」
「む、六阿狐……!?」
言い淀む五立楡とは異なり、六阿狐の方は即断を果たし、主にまだソフィと一緒に居たいと告げるのだった。
「よし、分かった。ソフィ、お前に少しの間だけ六阿狐を預ける。俺の大事な『側近』だ。いずれ必ず返しに来い!」
「「王琳様!?」」
五立楡と六阿狐は突然の王琳の言葉に驚いたが、六阿狐は別の意味でも驚いていた。
――王琳は、六阿狐の事を単に眷属とは言わずに『側近』と口にしたからである。
王琳の眷属たちにとって『側近』という言葉は、普通の言葉ではない。
過去の王琳の眷属の歴史を省みても、彼が側近と認めた者は『七耶咫』と『耶王美』の両名だけしか居ない。
そんな由緒ある立場に『六阿狐』が選ばれた瞬間であった――。
「お、お主……」
「良いな、六阿狐? これは俺の側近であるお前に下す最初の命令だ。ソフィがこの世界に戻って来るまでコイツの傍から片時も離れるな。そして必ず無事に俺の元へ帰還を果たせ!」
「お、王琳様……!」
六阿狐をあらゆる感情が襲い掛かり、情報を上手く処理出来ぬまま、涙を浮かべ始めるのだった。
そしてそんな六阿狐を慮り、五立楡が王琳の言葉の後に続いた。
「六阿狐! しっかりしなさい! 貴方は王琳様の側近に選ばれたのよ! わ、私より先に……。だ、だから、しっかりと御役目を果たすと約束しなさい!」
「ご、五立楡ぅ……っ!」
王琳の眷属同士の中で、これまで一番仲が良かった五立楡の言葉に、六阿狐は両手でぐしぐしと涙で濡れた顔を拭うと、決意を秘めた目を浮かべ始める。
「ご、ご命令、賜りました! ソフィ殿、これから宜しくお願いします!!」
主の王琳に大きな声ではっきりと決意の言葉を放ち、そしてそのまま今度はソフィに頭を下げた六阿狐であった。
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