2034.この世界を離れる前に
「ソフィ、そろそろ良いか?」
サカダイにある妖魔退魔師組織の建物の中、ソフィが主だった者達と別れの挨拶を済ませた頃に、ヌーが声を掛けてくるのだった。
「ああ、そうだな……。ではヌーよ、よろしく頼む」
ソフィの言葉に頷きを見せたヌーだったが、そこで突如としてこのサカダイの町近辺に数多くの見知った『魔力』を持った者達が出現を果たすのをこの場に居る多くの者達が感じ取るのだった。
「どうやら戻るのは、もう少し待った方が良さそうだな」
「ふんっ、まぁある程度は予想はしていたがな。てめぇがこの世界から離れる日に、あの野郎がただの一言もなしに、この場に姿を見せねぇワケがねぇだろうよ……」
ソフィとヌーが言葉を交わしていると、直ぐにこの部屋に慌てた様子を見せながら、町の警備を行う妖魔退魔師衆たちが現れ始めるのだった。
「そ、総長! 一の門方向の櫓門を見張っていた者からの報告です! ま、町の見張りを行っている妖狐達とは別の『妖狐の大群』が、恐ろしい速度でこの町を目指して迫って来ています!」
部下からの報告にシゲンとミスズは、同時にソフィ達の方に視線を向けるのだった。
「クックック、行かぬわけにはいかぬだろうな」
「ここで待っていてやるから、さっさと済ませてこいや」
「すまぬな、それでは行ってくるとしよう」
ソフィの言葉にヌーが頷くのと同時、この場からソフィが忽然と姿を消すのだった。
そしてソフィが居なくなった後、ヌーはエヴィの方に視線を向けたが、向けられたエヴィはヌーに視線を合わせずに隣に居る耶王美に話し掛けるのだった。
「送ろうか?」
「いや……、私はもう別れの挨拶は少し前に済ませて……」
「親しい相手にする挨拶なんだから、何度でもしたらいいんだよ。そんな事で僕に遠慮しなくていいからさ!」
そう言ってエヴィは耶王美に微笑むと、彼女の手を取る。
「あっ……!」
突然の事に驚いた耶王美だが、直ぐにエヴィの手を握り返した瞬間、エヴィは嬉しそうにしながら『高等移動呪文』を発動させた。
次の瞬間、ソフィに少しだけ遅れる形で『エヴィ』と『耶王美』の両名もその場から姿を消すのだった――。
……
……
……
ソフィがサカダイの町の前にある橋の前へ転移を行うと、報告にあった通りの大勢の妖狐が待ち受けていた。
そんな妖狐達の中心で腕を組みながら立っていた王琳は、ソフィをみるなり軽く手を上げるのだった。
すると王琳の眷属を含めた全妖狐達が、一斉にソフィに頭を下げ始める。
「む……?」
ソフィは王琳に挨拶を返そうと口を開きかけたが、周りの妖狐達のソフィに対して敬意を払う様子に目を奪われて、出掛けた言葉を引っ込めてしまうのだった。
「どうやらここに来て正解だったようだな。俺に一言もなしに去ろうとするなんざ、流石はソフィだな。何ともお前らしい事だ……ん? いつまでもそんなに驚いた顔を浮かべてどうした?」
「あ、ああ……、すまぬな。ここに居る妖狐達からすれば、我はお主という『主』を叩きのめした憎き敵だろうに、このように頭を下げられた事に驚いていたのだ」
「そういう事か。こいつらは俺が長年抱いていた願望をお前が叶えたという事を知っているからな。まぁ、俺がお前に対して恨みを抱いていればまた変わっていた事だろうが、他でもないやられた俺自身がお前に感謝していて、こうして別れの挨拶をしに人里まで足を運ぶ相手だからな。俺の眷属たちにしてみれば、お前に敬意を持つ事は何もおかしな事ではないだろう」
「ふむ、そういうものか……。それより、この者達の頭を上げさせてくれぬか? これではお主と話をするのも難しく感じるのだが……」
「おっと、そうだな。よし、お前達は俺が良いと言うまでここから離れていろ」
「「はっ!」」
「あ、はい……」
「はい……」
他の眷属たちが直ぐに王琳の命令に従う言葉を告げて離れ始めたが、五立楡と六阿狐の両者だけが、小さく返事を行った後もまだ、その場に残ってソフィの方を見ていた。
「ああ、別にお前達は……」
「何をしているのですかっ! 貴方達は王琳様の言葉が聴こえなかったのですか!」
その様子を見た王琳が、何か声を掛けようとしたが、その瞬間に再びこの場に戻ってきた『七耶咫』が、先に六阿狐達に怒号を上げるのだった。
「も、申し訳ありません!」
「申し訳ありませんっ!」
七耶咫の叱責の声に慌てて五立楡と六阿狐が謝罪を行い、惜しむようにソフィの顔を一瞥した後に、この場を離れようとする。
「いいじゃない、七耶咫。その子たちはとてもソフィ殿に懐いていたのだし。そうでしょ? 王琳様」
「耶王美にソフィの忠臣も一緒か。ふふっ、そうだな。五立楡と六阿狐よ、お前達にはこの場で話をしておく事がある。ここに残れ」
「は、はい!」
「あ……っ! は、はい!!」
この場に残っていいと告げられた五立楡と六阿狐は、満面の笑みを浮かべて返事をするのだった。
「七耶咫、お前もここに残って構わん。耶王美の奴としたい話がまだあったのだろう?」
「えっ……!? あ、は、はい!!」
「あら、それじゃ少しだけ七耶咫を借りていきますわね。それと後で私も貴方と改めて挨拶をしたいので、少しだけお時間を下さいね?」
「ああ、分かった。それとそこのソフィの忠臣とも後で話がしたい。ソフィ、構わぬな?」
「もちろんだ。エヴィも良いな?」
「ソフィ様がそう仰られるのなら……」
エヴィはあまり乗り気ではなかったようだが、ソフィにそう言われてしまえば逆らうワケにも行かずに渋々と頷くのだった。
エヴィの隣に居た耶王美は、それを見て直ぐにエヴィの頭を撫で始めるのだった。
「それでは、少しだけここを離れます……が、話だけにして下さいね? ここは隔絶された空間内でも『結界』が施されている場所というわけでもないんですからね?」
「お前は俺がソフィを見れば、見境なく戦おうとする戦闘狂とでも思っているのか? 要らぬ心配をせずにさっさと話を済ませてこい」
「ふふっ、それは失礼致しました。さ、七耶咫。こっちへいらっしゃい」
「は、はい! 耶王美姉さま!」
そしてこの場にソフィと王琳、そして王琳の眷属である『五立楡』と『六阿狐』だけが残されるのであった。
……
……
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